久高島のおじぃ
母が更年期真っ只中だったころ沖縄旅行にいった。当初私と行くつもりだった友達の都合が悪くなり、母が「一人はあぶない。私もいく!」と言い出し2人でいくことに。考えてみたら当時の私は帰省以外で一人旅をしたことがなかったのだ(驚)!
それなのに、更年期ウツのような状態になっていた母は、直前になって「行く自信がない。空港までも行けない」と言い出した。(この1年ほど前まで父の海外赴任先と日本を一人で平気で行き来していたのに。ちなみにこの5年ほど後には日本から一人で飛行機に乗り、タイから来た私とホーチミン空港で待ち合わせた)私は母に「それなら私一人でいくから!置いていくから!」と珍しく強めに言い、結局、当時巣鴨に住んでいた母を、護国寺に住んでいた私が迎えに行き、一緒に羽田空港までいったのだ。
沖縄は、1月で曇りの日が多く肌寒かったけど、桜が開花し、今は世界遺産になった今帰仁城や丘の上のホテルから海を見ていると母の気持ちもかなり和らいできた。レンタカーをかりて夜ホテルまで帰ってきたら2日連続野犬に襲われたのはコワかったけど、おおむね旅は良好だった。
3日目ぐらいに、久高島にいくことになった。いまやパワースポットで有名な島だが、12年に一度女性のみのお祭があるというのを母が調べてきてどんな島だろう?と行くことになったのだ。
ローカル目線が好きな私たちは立派な船ではなく渡し舟のような安い方のボートに乗り込み南国の風に吹かれながら島に到着した。エアコンの効いた立派な船で一足先に着いた人たちは行くところが決まっているようで、そそくさと港を離れていたけど、私たちは、ぷらぷらゆっくりと誰もいない白い道を歩いて島を散策していると、浜に出た。
何気なく降りてみると、なんとそこは、めーーーーちゃくちゃキレイなトロピカルの貝とサンゴで埋め尽くされたビーチだった。母は突然少女のように「わーー!すごい!」といって夢中で貝とサンゴを拾いだしたら、なんと空も晴れてきた。母の気持ちもめっちゃ晴れ晴れしはじめたようだ。
見上げてみたら沖縄スタイルの大きなお墓があってもしかしたら守られている場所なのかもしれなかった。勝手におじゃましてしまった。ごめんなさい。ありがとう。
帰りの船まで時間があったので、港近くの昔ながらの家に住む久高島のおじぃの店に行った。いかにも手作りのワイルドなシーサーに惹かれた母は珍しくそれを購入し、おじぃは三線を取り出し、歌を少し歌ってくれた。何気に商売人のおじぃはたくさん歌ってしまうのではなくセーブしつつ(笑)。なぜなら、そのセーブした歌までも詰まっているのがこのカセットテープだからだ。もっと聞きたい人買うしかない。今となっては手に入らないかもしれない逸品★
羽田に帰ってきた。浜松町までモノレールに乗り、山手線に乗り換える。私は自分の家に帰るのは、本当は有楽町で乗換なのだけど、母を家まで送った方が良いかな。と思い、有楽町に着いても、そのまま座席に座っていた。そうしたら母が「あれ?アナタ有楽町で乗換しょ?じゃ、おつかれ!!」と。。。。。。。。。
いつものクールでドライな母に戻っていた。
ありがとう沖縄。ありがとう久高島!!
そして、私もそろそろ更年期を迎えるので、沖縄にいきたいです。