一連の『セクシー田中さん』について【バナーヌのエッセイ#11】
今日の夕方、目を疑うようなニュースが飛び込んできた。
ここ数日SNSを騒がせていた『セクシー田中さん』のドラマ化に関する件が、最終的には最も悲劇的な終わりを迎えた。
まずは芦原妃名子さんのご冥福をお祈りします。
亡くなられた芦原さんは、自身の作品がドラマ化された際に、テレビ局のプロデューサーと約束したことが反故にされ(原作を本人の意図しないように改変された)たので、何とかして最終回とその前の2話の脚本を書いたそうだ。
それについて、担当した脚本家が自身のSNS(現在は非公開)で、最後の2話は私の脚本ではないので、そこは間違いないよう理解してほしいというような事を投稿していた。
芦原さんはそれに対して、そこに至るまでの経緯を詳細に公表した。
それは、そうだろう。
当初、プロデューサーと約束していたことが守られず、自分の子供と言っても過言ではない大切な作品を望まぬ形に改変され、ましてや脚本家までも案に迷惑な原作者だというような事を投稿されていたのだ。
ここで気になるのが、そのプロデューサーは原作者の意図をきちんと脚本家に伝えていたのか、ということ。
普段、仕事をしていてプロジェクトを進めるにあたり、言った言わないの揉め事は起こったりする。そのため、AからBに何かを伝える時は自分が内容を正確に理解して間違いがないように伝えるのが基本である。
経緯を見ているとそのプロデューサーが芦原さんと脚本家への繋ぎをうまくできてなかったと思われても仕方ないのではないか。
ただ、現代社会で怖いのは、SNSが発達して誰もが発言者になれるので、ターゲットが現れればここぞとばかりに糾弾される。
今回の件で、おそらくプロデューサーと脚本家がターゲットとなり、非難の声が挙がるだろう。理性的な発言ならまだしも、ただの攻撃的な発言や罵詈雑言が第二、第三の悲劇を生んでしまうかもしれない。それだけは絶対に避けるべきだ。今一度、SNSで発信する際は、自分の発言で不用意に特定の人物が傷つけないか気を付けていきたい。