【第1話】村山美澄、もう一人の私との共同生活を始める~もう一人の私との出会い~
気分が晴れない村山美澄
酔っぱらってうるさいサラリーマンや、自惚れの絶頂にある女子大生の声が呼応する道玄坂。美澄は渋谷駅に向かって急ぐ。1日中履いているパンプスの中で浮腫んだ足が痛む。
誰にも話しかける隙を与えない程真っ直ぐに線を引いた唇と、絶妙な角度で明後日の方向を見つめる目線。
「早く家に帰って納豆ご飯が食べたい」
信号待ちをしている人混みなど目をくれることもなく急いで地下鉄の階段を降りた。
半蔵門線はいつもの帰宅ラッシュ。もちろん座ることも出来ず、痛む足に神経が通ってないことを想像しながらケータイを眺める。そのまま周りを1ミリたりとも見回すことなく、最寄り駅で降りた。
「はぁ、今日も終わった。」
渋谷の時から表情は固定させてまま、ただ雑音がなくなったせいか美澄の頭には後輩に言われた一言がループしていた。
「これ、全くユーザー目線じゃなくないすか?」
「はあ、1年目に言われてしまうとは。やっぱり私向いてないのかな」
美澄は大手企業に入社後、運良く希望を出した商品企画部に配属。今年で6年目といわゆる中堅といわれる年次となった。
しかし、年次と年だけ重ねて、1年目の時から全く自分の成長を感じられないのだ。いつも胸の中でもやつく空気を吐き出しては、嫌なことをエンドレスに思い出してしまうのだ。
「ただいま」
返事が反ってくることのない1K。帰りによったコンビニのビニール袋の甲高い音が丁度いいBGMになる。
手を洗い、パジャマになると、むっちり膨れてパンプスが締め付けた後が残る足がやっと感覚を取り戻し始めた。
「痛いは痛いがお腹が空いた」
小さな折り畳み式の小さなテーブルにお弁当のプラスチックケースと割りばしを添えて、いざ準備完了。
肉じゃがのニンジンを口に運びながらテレビをつける。何となく見たいものをつけてリモコンをおくと、代わりにケータイを取って知らない人の知らない動画を流し始める。
お腹は満たされ、とうとう飽きたSNSも閉じて電源を切った。いや、最初から飽きてるものを見ていたのかもしれない。ううん、興味すらなかったのかも。
何を見るわけでもなくぼんやりテレビを眺める。そんなときにまた後輩の言葉がループするのだ。
「私って本当に出来ない人間だよな。バカだって思われてるのかな。これから舐められて言うこと聞いてもらえなくなったらどうしよう」
負の循環。自信のない等身大の自分が虚勢から解放され、感覚を取り戻し始めているのだ。
どうしようもない感情。大学生のときなら直ぐに親友に連絡をしていたが、社会人ともなるとそうはいかない。
ベッドに横たわって白い天井を眺める。
「・・・忘れよう。消えろ。モヤモヤも記憶を全部消えろ」
「分かるよ、その気持ち!」
心臓が大きく鼓動した。
何が起きたか分からないまま、ほぼ反射で体を起こし声のする方に目をやった。
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