テーマ文 椅子

1,000文字 60分


椅子がない部屋で長いこと暮らしていた。俺はミニマリストだったからである。

冷たいフローリングが目立つ部屋には畳んだ布団だけが壁に立てかけるように置いてある。
他に部屋にあったのは、明るい光を出す目覚まし時計、コンセントに刺さった充電器、100均の板を組み合わせて作った本棚、そして剥き出しのベランダ。

椅子のない部屋でパソコンを使うことは耐えられなかった。部屋の中心で胡坐をかいて膝の上に置くと、キーボードが傾くのが気になった。見下ろす体勢に首が痛くなって、立て掛けてある布団の横、冷たい床に肘枕をして横になる。布団を用意してしまうとなぜか悲しくなってしまうような気がして、それでも床に寝転んだ。

床が暖かくなるまで、体温を減らして待つ。身体を床に着けていると文章は書けない。なぁんにもない部屋で、ミニマリストらしくやることなんてブログでも書こうか、でもブログなんて持ってないからとりあえず文章を書く場所を作らないと、サイトとかいっぱいあるらしいけどメールアドレスも捨てちゃった、Gメールに登録しないとな、なんにもできないな、とりあえず履歴が残らないように設定したブラウザでブログを読む。

ああ、いっぱい持ってないものがあるなぁ。このパソコンも捨てて、マックブックとこないだ発表されたアイフォンを買うんだ。でも、お金がないな。貰ったお金はみんなが使ってるものを試すために使ってしまった。でも試さないとわからないよね、しょうがないよね。試したものはうまくいかなかったから捨てたのさ。メルカリはメールアドレスがないから使えない。そもそもスマホも捨てちゃったからね。あぁ、買わないといけないものがいっぱいあるのに、銀行の口座には500円しかないな。家に届いた封筒には赤いインクの振込用紙、家賃は23,000円。

電灯を外した部屋は気が付くと真っ暗だった。それでも、向かいのマンションから降る部屋の明かりは目に刺さって眩しい。暗い部屋でダークモードのパソコンを最低輝度で眺める。もはや座る気力もない。横になっても見られるように置いたノートパソコンは角度があってとても見づらい。寝返りを繰り返しても左右の肩にかかる体重にもう限界だった。備え付けだったせいでかろうじて捨てられなかった電気給湯器で風呂にお湯を溜める。待っているあいだ、IHでお湯を沸かしインスタントの味噌汁を飲んだ。

こんな生活をしていた。今、パソコンはようやく机の上に置かれている。

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