「恋愛は孤独な営みなんですよ。」
「恋愛は孤独な営みなんですよ。」
違う、僕は君とそんな話はしていないはずだ。
「相手のことを知ろうとすればするほど、考えようとすればするほど、自分は相手ではない、相手には為れない、考えなんてしてる限り永遠に届かない、ということがはっきりとわかってしまうんです。」
君はこんなこと言わない。
「そんな簡単な事実を忘れて、相手がどう思ったのかとか嫌われたんじゃないかとか他に気になる人がいるんじゃないかとか考えるのって無意味じゃないですか。」
だって、
君は存在しているんだから。
暗い場所で目が覚める。この暖かさ、この匂い。どうやら布団の中にいるようだ。暗い布団で起きたのにどうして目が覚めたと感じるのだろうか。いつもどおりで安心する。何も感じないということを文字にすると安心になるなと考える。嘘。布団の中でこんな小難しいこと、文字やらどうやらを考えるわけがない。だからこれは後付けだ。記述の後付けだ。昨日は小説を書いててそのまま寝たんだった。頭がぼんやりとするのはまだ昨日の疲労が残ってるからなんだろう。書くことは疲れる。きっと魂を削っているのだろう。なんだかドネル=ケバブみたいになって串ごと回ってでっかい包丁でくし削られる自分の魂と肉体を想像したら猟奇的な自身の思考にドン引きした。そりゃ疲れるわな、と筋肉痛する脳がはしゃいでいる。筋トレした次の日みたいなこと言うじゃん……といったつっこみは永遠に終わらないので割愛。なんていったってこれは恋愛小説なんだから。本筋に関係のない記述は飽きられるので少なめに。昨日も結局あれだけ考えた挙句、冒頭の冒頭、書き出しを考えてキャラ名を決めただけでなんにも進んでいないんだから。無駄な記述をするところにすら到達していないというのに。
「僕にはどだい、無理な話だったんだよ。恋愛小説を書いてみるだなんて息巻いてみたはいいものの、何を書けばいいのかなんててんでわからないんだから。」
そうなんですね。
「そう、しかも書こうにも書けないことがあるじゃあないか。実際の経験を文章に落とし込み、なんならそれを万人に読める形で平易な日本語にし、白い紙に黒いインクで印刷し、手に取りやすい大きさにまとめて切り揃えて、お手頃価格で頒布を行うだなんてさ。まずもって知り合いには全員目を通されることだろうね。そんななかで我の我たる秘めたる思いを開陳してしまった日にはどうだね?人間関係に取り返しのつかない影響を与えかねないではないか。口から出た言葉は元には戻らないのだよ。」
そうなんですね。
「だとも。後悔は後に立たないし、口から錆は出るし、瓢箪に駒は戻らない。覆水だって、一度挽いたコーヒー豆だって言わずもがなだ。この我が文芸部には確かに膨大な小説と数多の作家と手回しのコーヒーミルが存在するが、そんな純粋な空間に一滴の恋愛小説が混ざってしまったら取り返しがつかないことになるだろう?」
そうなんですね。
「しかり。だからこんなに僕は苦労しているじゃないか。もっと直接的な方法はもちろん候補にあり、そのうちの一つは是非すぐにでも行動に移すべきだろう。しかしそれをしたらどうなる?関係性が変わってしまうではないか。現代の定説となっている物理学では物質は相互作用を起こすという。相互に影響を与え合うものなのだ。一方的な作用など存在しないし、それ故に一方的に観測だけをするという行為は理論で禁じられているのだ。世の中には言葉にするだけで壊れてしまうものが存在するが、それは語るという行為がかならず受け取るという行動とセットになっているからなのだ。誰にも聞かれてないと思って言った悪口が本人の耳に届いたという経験はあるだろう。ないとは言えないはずだ。だから言えないのだ。言えない、ということしか言えないのだ。これが恋愛小説ならばなおさらであり、語れないということを語るしかないのだ。だからこんな夜更けにひとりで小説なんかを書いていたりしたのだよ。」
そうなんd
「愛とは語れないと語ることなんですよ。」
違う。それを言ったのは僕だ。
「語るというのは言葉を扱うということですよね?言葉というのは、辞書みたいに、別の言葉で書き表わせてしまうものなんです。じゃあ、一番初めの『ことば』はいったいどこから来たのでしょうか?」
僕は17歳で『ことば』を、自我を手に入れた。
「ことばは経験から発露するものです。人生で一番初めに起こった、どうしようもないくらい衝撃的な体験。もはや言葉で置き換えることすら敵わないナニカ。それが核なんです。それを別の何かで、言葉で、置き換えようとすると何が起きるか。『語れない』と『語る』しかないんです。無を縁取るように、周囲のガスを観測するように。」
お前は、誰だ?
「恋の始まりっていつか覚えていますか?」
「確か小学生の頃、小学生の頃、中学生の頃……」
「そうじゃないですよ、今です。いまの話しです」
「わからない。いつも一緒にいたからかな」
「思い出してください。歩いたこと、話したこと、」
「海に行ったり、ご飯を食べたり、本を読んだり、」
「そうです。それがどれだけあなたの経験になったんですか?」
「全てが初めてのことだった。恋愛ソングって恋の歌だったんだ……って気づいたのはそれがきっかけだったよ」
「では、それを語ることはできるんですか?」
「できなかった。僕には足らなかったんだ」
「語ることが、できなかったんですね」
「そうだ。書こうとした。試みた。ずっと悩んでたのに。たった一つのことばが見当たらなくて、既成の言葉にばかり目が散って……」
「大丈夫ですよ、だって、ほら。
ここまで書けてるじゃないですか。
~あとがき~
ことばとは伝えるための道具だ。だから伝わらないと意味がない。僕は伝えるために書こうとしたのが小説だった。僕の世界に君はいない。ここまでの会話はただの登場人物Aと登場人物Bに作者が語らせたものに過ぎない。なのでまぁ、身も蓋もなく言ってしまえばただの独り言であり、妄想であり、人形劇であり、いないかもしれないモデルの尊厳を破壊する行為なわけだ。世界とは僕が観測できるものでしか構成されていない。むしろ観測できて枠組みの中で扱えるものだけを世界と呼んでいるわけだが、そのなかで唯一、観測範囲内に侵入してきたにも関わらず自我の要素に還元することを許さない存在、他者が君なのだといえる。宇宙には観測できない場所がふたつあると言われる。それは宇宙創成期に生まれた光さえ追いつけない空間の淵。そしてもうひとつは事象の地平面と呼ばれるブラックホールの内部だ。まぁ、どうして僕がいきなりこんな話をし始めたのかはわからないけどね。
と、書いて僕は深夜、パソコンを閉じた。締め切りは昨日の夜に過ぎている。つまり、24時間と数時間は遅れているはずだ。編集担当はまだ寝ているはず。つまり、朝までに出せば実質1日しか遅れてないことになる。これはセーフ、まちがいない。まぁ、一応念のためメールでも書いておくか。小説を書き終えた疲労感のまま、僕はメッセージアプリを開いた。
~あとがき~
皆さんこんにちは、初めましての方は初めまして。
またお会いできた方はお久しぶりです。
「ぼくのわたしの勇者さま」シリーズの作者・在盛ルルでございます。
今回は短編ということで、いつもより少し短めの分量になっております。
実は今回、初めて恋愛小説を書いてみました。
今までも何回か挑戦したことがあるのですが、そのたびに挫折しておりました。
なぜなのかというと、自分で書いた作品を読み返しているうちに、恥ずかしくて悶絶してしまうからなんです。
でも、今回の作品はちょっと違いました。
恥ずかしい部分は確かにあるけれど、それ以上にとても楽しかった。
これはきっと、私の書く文章が素直だからでしょう。
これまでは、自分の感情をそのまま文字にすると、
どうしても不自然な表現になってしまうことがありました。
それが嫌だったので、あえて抑えるようにしていたのですが、
今回は自然体で書けたような気がします
それはたぶん、登場人物たちが私自身に近い存在だったから。
私は自分と同じような境遇の人を主人公にすることが多いので、書きやすかったのだと思います。
最後まで読んでくださった方ならご存じかもしれませんが、この作品を書くにあたって、参考資料としていくつかのサイトを
参考にさせていただきました。
その中のひとつに、小説家になろう様がありました。
この場を借りて御礼申し上げます。ありがとうございました。
最後に、この本を手に取ってくださった皆様に
心からの感謝を捧げたいと思います。
本当にありがとうございました!