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海のはじまり 第10話感想

親と子ふたりという形の家族はきっと、繋がりも強いのだろう。でも水季がその道を選んだからこそ、夏は『海と家族になるにはそれしかない』と思い込んでいるのではないだろうか。海の『夏くんと暮らしたい』という意思を尊重するがあまり、持ち前の優しさが頑固になってしまっているのではないだろうか。

第10話は、名前の話から始まる。「家族でお揃いにできるのが苗字で、家族からもらうのが名前。」海の名前を書きながらそう教える水季の顔を、海は嬉しそうに眺めていた。
個人的に選択的夫婦別姓には大賛成だし、苗字がお揃いじゃなくとも名前を贈られたら十分に家族だと思う。だからこの価値観は数年後には揺らいでいるかもしれないけれど、それでも海の嬉しそうな表情を見れば、水季とお揃いである嬉しさにはしゃぐ海を見れば、自然と口角は上がった。
「漢字で書きたい! 」水季がくれた名前をその形のまま書きたかったのだろうか。るんるんとはしゃぎながら言う海に対し、水季は「じゃあ『海』だけ先に覚えよっか」とお手本を書いてみせる。
『海』と『水季』。「さんずい! ママといっしょ! 」書きながら嬉しそうに言ったのは、水季だった。「名前も、ちょっとおそろい。」さんずいは水を意味する。そして言わずもがな、水を冠する水季。名前もちょっとお揃いである事実に、海は柔らかく破顔した。

一方その頃、夏は自室でシングルについて調べていた。その流れで、夏は弥生から貰った海のドリルに、海の名前を書く。『南雲』の文字。そしてそのときになってようやく、ふと海の苗字について考えたのだ。

夏休みが終わり、南雲家も静かだった。朱音と翔平夫妻は海のお迎えに行きたがり、結局ふたりで行って、真ん中にいる海と手を繋ぐように帰っていた。このふたりは本当に海が好きなんだ。海は祖父母にも愛されているんだと理解できるシーンだった。

責任を抱えて問題にぶち当たった夏は、職場の先輩に相談する。先輩は妻子持ちで、夏にとって相談のしやすい人でもあった。
「子どもとふたりで暮らすって決めたんで、仕事とかどうするか相談したくて。」失恋の痛手も押し込み、夏は歴然と言い放つ。「これからは、子どものことだけ考えます。」
そんな夏に、先輩は心配が勝ったのだろう。「去年奥さん怪我でちょっと入院して、そりゃもう、飯食って寝させるだけでなんであんな時間と労力いんだろって。」ビールを片手に言うのは、現実だった。「覚悟の上です。」だが夏が揺らぐことはなかった。
そこでふと、先輩が疑問を口にする。「えっ、仕事どうするって何? 転職ってこと? 」「そういう選択も……」「ないだろ。」一刀両断だった。「慣れない仕事しながら慣れないふたり暮らしするの? 普通に転校させろよ。」働いている親の言葉だった。
「子どもにストレスかけたくないんです。」「親がストレスでボロボロになったら、子どもに二次災害だよ? 収入、減らない保証あんの?」

自覚とか責任とかそんなんで子ども育たないよ。


夏は優しい。子どもを子ども扱いしていない。ひとりの人間として尊重している。
だがその一方で、猪突猛進でもある。
『こうした方が海ちゃんにストレスがかからないだろう』という価値観のもとに物事を決めていくことが『責任』だと思っている節があるから、『海ちゃんが苗字をどうしたいか』や『転校させようかしないか』も、相談する前に思い悩んでいた。

そんな夏が、先輩の言葉でようやく訊き出す。学校帰り、水季と海が住んでいたアパートまでの道中の出来事だった。
「学校は楽しい?」「うん。」「……転校するのってどう思う? 」「やだ。」海の拗ねた否定に、夏はすぐ肯定を見せる。「うん、やだよね。」
「転校しなきゃだめなの? 」「うちで一緒に住むのどうかなって。」だめなの? って訊いてるんだから論点をしれっと変えるんじゃないよ。
「転校しないと一緒に住めないの?」「そういうわけじゃないけど、仕事のことってどうしても。」夏の言葉は取り留めがない。『うん』か『ううん』で答えられることも答えない。それは1話から変わらない、彼の特性だった。
「ママ死んじゃったのに?」曖昧な夏の表情がかたまる。「ママいなくなって海いろんなこと変わったのに? まだ海が変えなきゃダメなの? なんで?」夏にとってきっと、言わせたくない言葉だった。それは昔の夏自身が、抱えていた感情だったから。
「……大人の都合でしかないよね。」お互いに向き合ったまま、視線の高さを合わせるでもなく、ふたりは立ちすくんでいた。


一方その頃、月岡家にて。弥生は、別れの報告をしに来ていた。申し訳なさそうに頭を下げる弥生に対し、夏の母ゆき子は肩をさする。
楽しく生きなさい。夏と別れたなら、私たちとももう他人なんだから。気にせず好き勝手して、ちゃんと幸せになんなさい。」それはきっと、弥生が実母から言われたかった言葉だった。「ありがとうございます。」
弥生がせめて毒親育ちじゃなければ。恵まれた家庭環境で、健全な親子関係を築けるという自信があれば、また違う選択を『自分の幸せ』と呼べたかもしれないのに。
そう考えてしまっても、意味はないのだけれど。

「海、夏くんと一緒に住みたい。でもね、ここにもいたいの。ママがいたところだから。学校もママと一緒に行ったところだから。」海はしっかりと、朱音や翔平に対しても言葉にできる子だ。自分の意思を言葉にできるのは、夏と相性がいいと言えるだろう。逆に、夏の自己犠牲に拍車をかけてしまうかもしれないけれど。

「色々話があって。」夏は実家に足を踏み入れた。リビングにはゆき子だけがおり、ゼリーを食べていた。
「夏も食べる? 弥生ちゃんが謝罪に持ってきたいいとこのゼリー。」弥生と別れたことを報告するつもりだった夏は、出鼻をくじかれる。「かみしめてお食べ。」夏を否定することはしなかった。寄り添いというにはやや粗野だが、『あなたには責任があるんだよ』というような態度だった。
それに感化されたのか、夏は覚悟の決まった目で言う。「ひとりで育てようと思ってる。」ひとりで育ててきて疲弊した過去を持つ、ゆき子にそれを言うのだ。
「ひとりは無理よ、お母さん知ってる。むり。」ゆき子の口調は明朗で、優しくて。でも現実を見た人の言葉だった。
「ふたりで暮らすから、頼らせてください。」
「はい、わかりました。」夏と弥生の違うところって、ここもだよな。頼らせてほしいと言える家庭環境。むしろ水季と似ている。

水季にとっても夏にとっても、責任感とは『是が非でもふたりで暮らさなきゃいけない』という部分にあるから。


「転校するならさ、苗字変えるタイミング気をつけなね。」ゼリーを食べながらゆき子が話すのは、経験者ならではのアドバイスだった。「苗字は、わざわざ買えなくてもいいかなって。」ほら〜また海ちゃんに訊いてもいないのに先走ってる〜!
「親と苗字違うのって、先々面倒もあるんじゃない? 」でもそれは、先走らざるを得ない夏の傷が一因だった。
「今の苗字になる時小4で、転校もして、持ち物に前の苗字書いてあるのクラス残に嫌なこと言われたり。……転校も当たり前に決まってて、友達に理由聞かれても親の再婚とか言いにくいし。」訥々と、でもはっきりと。夏がこのとき口にしたのは、小学生の自分が言えなかった本音だった。
「子どもが全部親の都合に合わせて変えなきゃいけないのは、違うんじゃないかって。」別に謝ってほしいわけでも、責めたいわけでもない。ただ人の顔色ばかり伺ってしまう夏にとって、言えない本音は傷だった。
だからこそ、ゆき子は『夏の選択は過去の自分のためのものだ』と見抜く。「この先、パパと苗字違うってことで海ちゃんが嫌な思いしたら? 海ちゃんがどうしたいのか聞きなよ。南雲さんともちゃんと話しな。」
ゆき子の言葉は、夏の視界を拓かせるものだった。

夏は海と似た境遇だからこそ、海の感情を過去の自分と似ていると思ってしまいがちなところがある。ひとりの人間として尊重しているのに、自分が話して悩ませてしまってもいいのかという謙虚さが出てしまっている節もあるのだろう。
ちゃんと話しな、家族になるんだから。

弥生が救われると感じるのは、月岡家が依然として弥生が大好きなところだ。「弥生ちゃんが謝ることなんてないのに。」「よくうちの敷居をまたげるよね。」父や弟からかけられるのは、仲の良い月岡家だからこそできる軽口と本音だった。そんな言葉にわたわたする夏を前に、母ゆき子は思わず噴き出す。
「うちからは変わらず愛されてるから、これからも気にせず海ちゃんと仲良くしてあげてって。」『夏と別れたんだから、他人になったんだから気にしないで』というのも、『夏と別れても弥生ちゃんのことは好きだよ』というのも、どちらも本音。
家族になれなくても、味方だよ。これは今回のひとつのテーマでもあった。

その後、夏は津野に弥生と別れたことを報告する。弥生のことを相談したからだろう。変に律儀、それが月岡夏である。ひとりで育てるとなると、やはり津野は苛立ちを抑えきれず、いくつも言葉をぶつけた。
それはきっと、津野が海の言葉をたくさんぶつけられてきたからだろう。
「夏くんと一緒なのは嬉しい。いろんなこと変わるのやだ、転校やだ。こうやって学校帰りに津野くんに会いに来れなくなっちゃうよ? 」学校帰りに図書館まで遊びに来た海は、津野に対して素直に感情を吐露した。「それはいやだな。」津野の言葉は個人的に意外だった。素直に言うんだ、素直に『嫌だ』って言うんだ。海にあてられたのか、割とあどけないところがある人なんだな。……いや、海相手だからそうなるのか。
「夏くんの言った通りにした方がいいの? 海のこと嫌いになっちゃう? 」海はどこまでも、ひとりになりたくない。そばにいてほしい。そしてそれはできることなら夏がいい。嫌われるくらいなら我慢しようとすら、思っていたのかもしれない。
「嫌なら嫌って、言いまくっていいんじゃない? 」そんな微妙な感情の揺らぎを救ったのが、津野だった。「困らせたらいいよ。いいんだよ、親なんだから。子どものことで困るのが、生き甲斐なんだから。」

あと、絶対嫌いにならないよ。それは大丈夫。


私は何度このドラマに救われるんだろう。子どもの頃、親の顔色を見て欲しいものすら言えなかった自分が、少しずつ少しずつ救われていく。『子どもは守られるもの』という共通認識が、こんなにも心地よい。

場面は変わって、子育てにかかる費用を調べる夏が映る。……いや今調べとるんかい。そういうのは父親になる、認知するって決めたときに調べるもんだよ……。相変わらず月岡夏、責任感に行動が追いつかない感じがある。まぁ常々調べていて、改めて現実に打ちひしがれたのかもしれないけど。

そんな夏のところに、1本の電話がかかってくる。海からだった。「海、転校したくない! やだ! 」抗議の電話だった。「うちで住むことは? それもやだ? 」対して夏の声は、優しく諭すようなもので。海に対する慈愛が見て取れた瞬間だった。
「それはいやじゃない。」海が口を尖らせる。「でも今の学校通うのはさすがに。」説得しようとしているのが、また夏らしいなと思った。
と、ここで海が切り出す。「夏くんの家、弥生ちゃんも一緒に住むの? 」本題だった。話さなくてはいけないときがきてしまった。
「弥生さん、海ちゃんと話したいことあるって。」

海と弥生は、ふたりで公園で会っていた。並んでブランコに座り、お肉屋さんのコロッケを食べる。そんな動作の中でも、弥生は海を気にしており、汚れた口元をすっとハンカチで拭いた。海の人生にはやっぱり弥生が必要だったのかもしれない、でもそれは弥生の人生と天秤にかけていいことじゃない。そんな思いがよぎった。
「手作りじゃなきゃ愛情伝わんないなんて、そんなことないんだよね。」あれは、お店のコロッケをママの味と呼ぶ海への言葉だったのだろうか。
「夏くんも呼ぶ? 」海は弥生に懐いている。お母さんになってほしいとも思っていた。だから会うなら3人だと、そう思っていた。「呼ばない、お別れしたから。」海が小首をかしげる。「もう恋人じゃないから、海ちゃんと3人で遊んだり、ないかも。」
「ママにならないの? 」「うん、ならない。」弥生はずっと微笑んでいた。
「海、夏くんと一緒に住むよ。弥生ちゃん、一緒じゃないの? 」「うん、一緒じゃない。」海のクエスチョンマークは、不安の表れだった。「もう会えないの」「会えるよ。」ようやく弥生が肯定してくれた。
「パパとかママじゃない大人にも、ちゃんと味方っているの。親に縋らなくても生きていけるし、もちろん縋ってもいい。」あぁ、それはきっと弥生が欲しかった人だ。もしかしたらいたのかもしれない。弥生の実家の状況が深く語られることはないけれど、弥生にとって救いの場所を作ってくれた大人がいたのかもしれない。だからこそ、海にこの言葉を言えるのかもしれない。
「夏くん、嫌いになったの? 」海の不安は、消えない。「ううん、好き。海ちゃんも好き。」海が不安の渦に飲み込まれるより早く、弥生は笑顔で答えた。「一緒に暮らしたり家族になったり、そういうのがなくなっただけ。」海はまだ納得できないようだったけれど。
「海ちゃん、学校にお友達っている? 」項垂れたまま、海が頷く。「友達ってね、会いたいとき会って、頼りたいとき頼ればいいの。どっちかが嫌になったら縁切ったっていい。」わかる? 弥生の言葉はどれも、きらきらと輝いていた。海の欲しい言葉と形は違うけれど、救われる言葉だった。
「……仲良くしたい時だけ、仲良くすればいいの? 」「そう! 」弥生が海の頭を撫でた。親から子へのものではない、大人が子どもにするものだった。
「海ちゃんのママにはなれないけど、友達にはなれる。友達になってくれる? 」「うん! 」海の、太陽のような笑顔が戻ってきた瞬間だった。
「家族に話しづらいことあったら友達に話せばいいよ。友達だから会えなくなるわけじゃない。」

なにかあったらいつでも相談して、ちゃんと聞くから。

子どもにとって、大人の味方の存在は大きい。親に言えないこともあるだろう。海の場合、異性の親だから尚更。そういうときに、おばあちゃんよりも近い同性の大人の友だちは、心強いに違いない。
やっぱり、家族にならないことは寂しいけれど。海を迎えに来た夏と、駅前まで海を送った弥生は、短い言葉だけで別れる。ふたりは帰路についても振り返ることもなく、涙を流すこともなかった。本当にもう、3人でいることはないんだと、視聴者である私が誰よりも受け入れられなかった。
恋はおしまい、なんだな、本当に。3人で手を繋いで歩いていた日のことを思い出して、少し泣いた。

戻らない過去に懸想してしまうのは、人間ならしょうがないことなのだろう。南雲家にて、水季の父翔平は、水季の写真から目を離せずにぼんやりとしていた。水季がいなくなり、海も離れてしまうことがどうしようもなく寂しいのだろう。力と一緒に、魂も抜けているかのような表情だった。

そんな翔平をぬか喜びさせるようなことを、夏は言う、言ってしまう。人の顔色ばかり伺っているキャラクターだからこそ、心に寄り添いたいと思ったのだろうけれど、それは言わない方がよかった。「転職も少し考えてて。」
もちろん夏だって、そこまで考えてはいないだろう。むしろ彼が転職を視野に入れているのは、朱音たちと同居するためではない。海を転校させないためであって、もし転職したとしてもふたりで暮らすという形以外のビジョンはないだろう。「じゃあここに住めるね。4人でここに住めばいいじゃない? 」だからこそ残酷なのだ。嬉しそうな表情の翔平が、辛かった。
夏からしたら、寝耳に水だったようだが。「嬉しいですけど、甘えてしまうと思うんで。」「甘えていいんだよ。月岡くん息子みたいなもんなんだから。」「自分がしっかりしないとなんで。」「水季だって全部ひとりでやってたわけじゃないんだから。」
本当に、夏はなんで全部ひとりで背負おうとするんだろう。それが『何も知らずにのうのうと生きてきた責任の取り方』だとでも思っているのだろうか。

孫や子どもに甘えられないで、なに生きがいにしたらいいの? 娘がもう、いないっていうのに。

夏の意固地な責任感が、翔平に晒したくなかった本音を晒させてしまった。「……学校が始まって昼間静かになっちゃったからちょっと寂しくてね。」普段明るい翔平の傷は、夏にとって『揺らぐ』一因になった。

「お父さん、今まで言わなかっただけよ。寂しいに決まってる。」朱音の言葉も、追い打ちになった。「だからしっかりしてよねってこと。

意地悪言えば奪うようなもんなんだから。」


奪うって。私はここで絶句してしまった。たしかに海は水季の忘れ形見だ。でも夏と暮らしたいと言ったのは海で、夏はその意志を尊重したに過ぎない。水季を喪った悲しさゆえに、朱音や津野があえて傷を表出するために攻撃的な言葉を使ってしまうのはわかるけれど、いくらなんでも夏がその犠牲になりすぎではないか。
そう思ってしまうのは、私がSnow Manの目黒蓮というアイドルを推しているからだろうか。水季にも『知らせなかった責任』はあるのに、夏が全部の責任を背負って言い訳ひとつせずに感情を押し殺して他人のテンポに合わせる人だから、感情の捌け口にされてしまっていると感じてしまうのは、おかしいのだろうか。

だって、それこそ意地悪を言うなら、『水季が夏から弥生を奪ったようなもの』じゃないか。


場面は移り変わり、弥生が夏の家を訪れる。弥生の家にあった夏の荷物を渡し、自分の荷物を取りに来たのだ。『silent』でも似たようなシーンがあった。生方先生はこういう、関係の終わりから目を逸らさずに丁寧に描く脚本家だと思う。
そこで弥生は、卓上に置かれた転職の本を見つける。「会社辞めんの?いいの? 頑張ってきたのに。」「子どもの気持ち優先したいし、南雲さんたち離れるの不安みたいだし。」咄嗟に出てきた夏の意見には、やっぱり夏の気持ちはなかった。そこに、弥生の言葉が染み入る。
「何かを選ぶって、他の何かを妥協するってことだと思うよ。」だから仕事を妥協しようとしている夏を、弥生は叱責するように諭す。

「仕事は生活に繋がるよ。」

背筋が伸びる思いだった。「これからの生活には海ちゃんがいるんだよ。妥協とか諦めとか、大事なものを優先するためには必要な事だよ。自分だけが犠牲になればいいってことじゃない。」個人的に、今の仕事には納得がいっていなくて。辞めたい辞めたいと言いながらも中々行動できていないのだけれど、行動できていないのは生活が荒んでメンタルクリニックに通うようになったからでもあって。それこそ弥生の言う『仕事は生活に繋がる』なのだと、身をもって知らされた気がしたのだ。
弥生は自分の言葉をお節介だと引っ込めたが、その言葉は夏にも届いていた。夏にとっても、弥生は味方になっていたのだ。家族でも恋人でも、ましてや友だちでもないかもしれないが、たしかに味方だった。

「自分が背負えばいいってことでもないよね。」夏のそれは、自分に言い聞かせるような、言い方だった。
「水季さんも言ってたよ。誰も傷付けない選択はないし、でも自分が犠牲になればいいってことでもないよ。」それはもとは弥生の言葉だっただろうに、弥生にとっては既に水季からもらった言葉だったのだろう。その言葉によって、弥生は自分の幸せを選べたから。
「だから私はふたりのこと傷付けたと思うけど、後悔してない。」弥生が母になりたかったのは、自分が母から愛されなかったからだ。自分の子どもを母として生かせなかったからだ。でもそれはどちらも過去の後悔や懺悔からなる選択であり、幸せになるための選択ではなかった。

「何が引っかかってんの? 」晴れやかな表情の弥生が訊く。対して夏の表情は暗かった。
「弥生さんが、水季から俺と海ちゃんを奪うような気持ちになるって言ってたの、わかるようになった。」「南雲さんたちから海ちゃん奪うみたいに? 」「それで、揺らいで。」夏は誰も傷付けたくない。人の顔色を伺って、人にテンポを合わせることで幸せを感じてきた夏が自分の選択でだれかを傷付けるなんて、きっとなによりも恐ろしいのだろう。
「大丈夫だよ、誰も悪くないんだから。ちゃんと大丈夫なところに流れ着くよ。」
夏に、弥生の言葉は届いただろうか。夏も悪くないという弥生の『味方』としての言葉が、しっかりと額面通り届いていたらいいなと、心から思う。

意を決した夏は、朱音と翔平と話す。「ふたりの好きにしたらいいよ。」大らかな翔平はにこやかにそう言うが、やはり朱音の表情はかたかった。
「水季に託された、大事な孫なの。あなたが父親だとかいう以前に、娘の娘なの。」朱音から漂う真剣さや言葉の棘は、やはり水季の生き方を『知らなかった』怒りなのだろうか。海と親子になることを認めても、この溝は埋まらないのかもしれない。そう感じた。
それでも、朱音は言う。「ちゃんと説明してあげて。」ちゃんと向き合って、ちゃんと人として話してあげて。それが誠意だと思うから。

夏は宿題をしていた海のところへ行き、人と話して決めた意思を伝える。「やっぱり転校してほしいと思ってる。」当然、意思が通らなかった海は駄々をこねる。「やだって言った! 何回も言った! 」
夏はそれでも、叱りつけたり声を荒らげたりせず、静かにまっすぐ選択肢を示した。「どうしても転校したくなければ、今はまだふたりでは暮らせない。海ちゃんに大変な思いさせるから、落ち着いて安心して生活できる自信が無いと、俺は一緒に暮らしたくない。おばあちゃんたちから引き離せない。……だからどっちか選んで。

転校して一緒に暮らすか、転校しないでこのまま別々に暮らすか。

これはやっぱり、自分が選択肢を示されることなく自然と決められていた過去を持つからだろうか。夏の『子どもを子ども扱いしない』のは、こういうところにも溢れている。

駄々をこねていた海は、声のトーンを悲しみに落とし、泣きそうな目で夏を見上げながら訊く。海の不安はただひとつだった。「ずっと? 一緒に住んだら、ずっと一緒にいられるの? 」水季とのときみたいに、もう離れたくない。ひとりになりたくない。親と、家族と一緒にいたい。海が1番に願うのはそれだ。
対して、夏の言葉は真摯かつ辛辣である。「ずっとは……ないよ。」小学生の子どもにわざわざ言わなくても、と思わなくもないが、死を経験した海には必要で対峙すべき現実なのだろう。「水季と、今は離れてるでしょ? ずっとはないんだよ。」
現実は、重く辛い。その上で夏は、誠実に向き合う。「でも、できるだけ一緒にいる。」夏が語るのは、過去選択を示されなかった子どもの頃の感情だった。「水季がいなくなっていろんなことが変わってそれがつらいのはすごくわかる。なんで子どもばっかりて思うのもわかる。俺も思ったことある。」

「でも、だから、できるだけ一緒にいる。できるだけ長く、一緒にいれること考えて決めた。一緒にいたいから、転校してほしいんだよ。」

間違いなく、純度100%の夏の意思だった。夏の願いだった。10話にして初めてかもしれないと思うほど、清くてまっすぐな願いだった。
「海も、夏くんと一緒にいたい。いなくならないでね。」「ママがいたとこ、連れてってね。」
この意味はイマイチわからなかったけれど、きっとこれからわかるんだろう。

転校を決めた海は、いよいよ祖父母と離れることになる。とは言え、朱音はこれからも世話を焼きたいと言い、夏も頼るつもりではいる。水季の繋いだ縁が切れることはない。
感情の機微が乏しい夏は、大事なことに気付いていないようだが。「転校したくないの、なんでかわかってる? 」朱音の問いに、夏は「……友達と離れたくないって。」と答える。それだけじゃないんだよ。
「海、あなたと一緒に暮らしたいけど同じくらいここにもいたいの。」

夏も海当人に訊けばいいのに、ここで海の担任に聞く。もう少し海のテリトリーに入ってきてもいいと思うよ。
「お母さんと一緒にいた場所だからじゃないですかね。」答えは、あっさりと見つかった。「一緒に登下校の道覚えたりとか、こういう廊下とかも、一緒に歩いた記憶が大切なんだと思いますよ。」
海はきっと、本当は夏と水季と暮らしたかったんだろうな。でも水季はもういなくて、夏と暮らすには水季と一緒にいた場所から離れなきゃいけない。亡くなった人との思い出の場所とも別れるのって、全部全部なくなっちゃいそうで怖いよ……。海はよく決断した。えらいよ。

「友達にちょっと聞いて欲しいことがある。転校することになった。……ほんとは転校したくない。でもすることにしたの。」「そっか、えらかったね。」そんな海に唯一『えらい』と言ってくれる人、それが弥生だった。
「……新しい学校で友達できなかったらどうしよう。」夏には言えない不安も、弥生には言える。ふたりはたしかに友だちだった。そしてその関係性を、弥生も心地よく思っているらしかった。
「大丈夫だよ、だってほら、海ちゃん今誰と電話してるの? ね、大丈夫。海ちゃん友達つくるの上手だよ。」弥生のことを想ってしまう視聴者としては、ただそれだけで救われてしまう。
弥生ちゃんも寂しくなったら電話してね。

それから少し後。海は夏の家を訪れる。楽しそうに走り回り、ベッドにダイブしたその視線の先に、水季からの手紙を見つけた。
「読んでいい? 」水季の字に心踊った水季の言葉尻が踊る。そこで夏は衝撃の一言を言う。「俺もまだ読んでないから、今度一緒に読もう。」「海ちゃんとの生活は、ひとりで頑張りたいから。それまで水季の言葉には頼らない。」

おい! 月岡夏! 読んどらんのかい!

読まずに弥生さんには読んだ方がいいって言うたんかい! 頼る頼らないんじゃないんだよ! 水季は今まで1番長く海といた人なの、家族なの! 海と家族になって暮らすなら、絶対読むべきなの! それが責任なの! 責任を! 履き違えるな!!

とここで叫んでも仕方の無いことなのだけれど。
やっぱり夏の中の責任は、『水季と同じことをして水季の苦労を知ること』になってしまっている気がする。だからこそ、そこに猪突猛進でがんじがらめになってしまっているんだろう。
夏、なんでそんな修羅の道を選ぶんや……。一緒に住むことで「できるかぎり一緒にいる」証明になって水季を喪った悲しみに向き合うことになるのはわかるんだけど、その優しさに固執しすぎて全部背負って「なにがなんでもふたりで暮らす」になってるの、もはや怖いよ。
やっぱり夏って視野が狭くなりがちなんだよな。転職もしかり、苗字のことも海に相談せずに勝手に悩んでいたし。「家族になる=ふたりで暮らす(甘えちゃいけない)」と律しているの、やっぱり自身の過去も関係しているんだろうか。
親になると自分の幸せ=子どもの幸せになるんだろう。それはわかる。でも今の夏は、幸せよりも責任が先んじている節もある。それが怖い。

そしてここで、夏は海に苗字の話を切り出す。最初のテーマが最後に返ってくるわけだ。
「今まで通り、水季と同じ南雲でもいいし、月岡に変えてもいいけど。」「わかった、月岡になる! 」海の決断は即答だった。
「あ、あんなに色々変わるのやだって……おばあちゃんと違くなるよ? 」「おばあちゃんたちはママと一緒だから大丈夫! 」
「海ちゃんは水季と一緒じゃなくなってもいいの? 」「名前がママと一緒だから大丈夫! 」

さんずい、ママとちょっとおそろいなんだって。

このドラマは、本当に構成が綺麗だなぁと改めて思う。水とさんずいの共通項に、夏は思わず破顔した。久しぶりに夏の心からの笑顔を見た気がした。
「苗字は家族でお揃いができるんだって。だから海、夏くんと一緒のがいい! 」そして海は、水季の『季』が季節を意味すると知り、夏もちょっとお揃いだねと笑った。これから幸せが待っているんじゃないか、これが弥生が『大丈夫な方向』なんじゃないかと、少し思ってしまった。
まだまだ、課題は山積みなのに。

次回、海が失踪する。夏は海を傷付けないために細心の注意を払ってきたが、一緒に住むことによってなにかが溢れてしまったのだろうか。予告では玄関でひとり、魂が抜けたように座り込む夏も映っており、彼の重荷を感じさせた。
そして極めつけが、津野の夏への言葉である。「南雲さんがいたときもいなかったときも、お前いなかったもんな。」
津野の『お前』呼び。ここにきて津野の敵意が容赦なく夏にぶつけられるわけである。夏の悲しみは、夏の感情はどこへいくのだろう。お願いだから、その苦しさが海ちゃんに向くことだけは、あってほしくないと願ってしまう。

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