【登坂アナ】元々は興味なかったアナウンサーになったワケ
NHKの看板アナだった登坂さん。
アナウンサーはやはり狭き門。そんな中、登坂さんはどのようにしてアナウンサーになったのか?
アナウンサーに求められる資質ややりがいについてお伺いしました!
ーー最終的にはアナウンサーとして採用されるわけですが、その辺の経緯を教えてください。
アナウンサーになりたい人は、大きく2タイプいると思っています。
1つは、絶対アナウンサーになりたい、何がなんでもアナウンサーになると思うタイプ。そういう人は各局が開催するスクールに通ったり、マスコミ系のサークルに入ったりして、懸命に勉強する。就活もだいたい全国の放送局を受けるというのが一般的だと思います。
もう一方は、アナウンサーも数ある職業の1つの候補だと考えているタイプです。僕は完全にこちら側でした。
ーー登坂淳一がアナウンサーを目指したキッカケ
アナウンサーに繋がる一番古い記憶は、祖母との出来事です。
僕の祖母は民謡の先生だったのですが、「本当に声が良い」や「声が響くね」と言って僕を褒めてくれました。幼心に嬉しかったのを覚えています。
次にあるのが、小学生の時。父との記憶です。
当時、父親はとても忙しく、ほとんど家にいる時間というものが無かったんです。子供心で何とか父とコミュニケーションをとれないかキッカケのようなものを探していました。
そこで注目したのが、新聞のスポーツ面でした。
たまに夕飯時にいた父が野球中継を観ているのは知っていましたので、野球、相撲、ゴルフなど、前日のゲームのクライマックスシーンをスポーツ面から自分なりに考え、実況の真似事をして再現してみたんです。
勇気を出してやってみたら、父がとても喜んでくれたのがとても嬉しかったですね。
ーーアナウンサーの面白さ
一生懸命だったからか、父が好きなことを探そうとしたからか、とにかくとても喜んでくれた記憶を就活の時にふと思い出して、あのとき父が喜んでくれた理由はなんだったのだろうと考えました。
何かを正しく伝えることで誰かに喜んでほしい、その中に情報というものがある。そうした想いのようなものを伝えるという仕事がアナウンサーなのかと考え、まずはトライしてみようという考えに至りました。
ただ誰かに何かを伝える。誰かに言葉にして伝える。
そこに自分にとっての、或いは誰かにとっての喜びややりがい、魅力があるのかもしれないと思ったんです。
その一心でアナウンサーという職業を目指すことになりました。
ーー登坂さんのどういうところが採用に繋がったと思いますか?
技術的な部分では全く無かったと思います。
ずっと勉強してきた即戦力になり得るようなレベルの同期が当然いましたので、技術的な部分では到底叶わないですよね。
だからスキルではない、気持ちの部分が評価されたのではないかと。
一言一句考えながら読むことを心がけていたので、採用担当者の方の心になんとなく何かが届いたのではないかと思います。
次回#3予告
ーー「麿」の愛称で親しまれるなど幅広い支持を得ました、ご自身では人気の要因はなんだと思われていますか?
ありがとうございます。それはそうですね…。〇〇だからじゃないでしょうか(笑)
(広報部ねこ)
【編集後記】
”言葉で伝える”という、アナウンサーという職業への熱い想いがついに明確になった瞬間でした。それにしてもNHKの顔にまでなった登坂さんが、アナウンサー単願志望ではなかったなんておもしろいです。
(広報部けむくじゃらザウルス)
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