雪の音 〜SNOWSOUND〜【前田利家/犬千代】-天下統一 恋の乱- ✎

※犬千代の過去を少々捏造しました






あいつと出会ったのは、雪が降る寒い日だった。

尾張を飛び出した後、剣術の覚えがあった俺は用心棒の真似事をしながら生きていた。

幾らか小金が貯まったところで、俺は京へと向かった。

理由はない。

生まれ故郷から離れられればそれで良かったからだ。





あの日俺は雪が降る中、宿を探していた。

だが京の宿は俺が思うより高い。

無駄金を使う気は無いし、そんな余裕もない。

何よりも子供一人を泊めてくれるようなところは無かった。

仕方なく野宿しようかと河原に足を運んだ時だった。

「おい!坊主!早まるんじゃない!」

いきなり後ろから羽交い締めにされた。 

「なっ?!」 

俺は反射的に反撃に出たが、俺の体を羽交い締めにする男の腕はびくとも動かない。

「くっそ!離せ!」

「離すもんか!入水自殺しようって奴を放っとくわけにはいかん!」

「はぁ?」

気の抜けた俺の返事を聞いた男は「違うのか?」と言って、ようやく腕の力を緩めた。

「すまん!すまん!こんな雪の日にウロウロするなんて尋常じゃない事情があるのだと思ってな」

そう言って男は人の良さそうな顔で笑う。

「まぁ…当たってるちゃぁ当たってるけどよ…」

「なに?帰る家が無い…だと」

簡単に事情を話すと、その男は京で小料理屋を営んでいると言い、行く宛の無い俺に家に来いと言った。

「ガキのお前には用心棒より簡単な仕事だ。店の手伝いをしてくれれば賃金も出すし、部屋も貸してやる」

(住む場所が出来て、賃金も貰えるとくれば、乗るしかないよな)

俺は人の良いその男について行く事にした。





小料理屋の前まで着くと、店から良い匂いがしてきた。

途端に腹の虫が鳴る。

「先ずは腹ごしらえだな。良し!美味いものをたらふく食わせてやるさ」

男が暖簾を潜ると、「いらっしゃいませ!」と元気な声が響く。

「お二人様ですか…ってお父さん?」

「陽菜、帰ったぞ」

陽菜と呼ばれた少女は赤ん坊を背負っていて、少し大人びた風に見えたが、俺より幾らか年下の様だ。

「陽菜、新しい同居人だ」

「アンタ!また犬っころみたいに拾ってきて!」

厨房から女房らしい女が出てきて男を窘め始めた。

男と女が言い合いをしている中、陽菜と呼ばれた女の子が俺に近づいてきた。

「あなた、今日からここに住むの?」

陽菜は吸い込まれそうなくらい大きな眼で、俺を頭からつま先までジロジロと見つめる。

「まぁな…」

「そうなんだ!私、陽菜。この子は弥彦。貴方は?」

「俺は犬千代…」

ギュルルル

名乗った途端、俺の腹の虫がまた盛大に鳴った。

「ふふっ…犬千代はお腹が空いてるのね」

陽菜は屈託のない顔で笑い

「おっ…おう…」

「じゃあ一緒にご飯食べよう」

その笑顔はささくれていた俺の心に染み入った。

思えばこの瞬間から、俺は陽菜に惚れていたのかもしれない。





あれから長い時が過ぎた。

小料理屋を出て城勤めを始めた俺は、偶然陽菜と再会した。

やがて俺達は幼馴染から恋仲となり、紆余曲折を経て夫婦になった。

帰る場所など無いと思っていた俺に『陽菜』という帰る場所が出来た。

「だから何が何でも生きて帰るんだよ!」

俺は槍を振り回し、目の前の敵を倒していく。

敵を薙ぎ払った先には、満身創痍の秀吉が立ちすくんでいた。

「わんこ君!」

「秀吉てめぇ!利家だってんだろ!」

秀吉と背中合わせになり、敵と睨み合った。

「帰らなきゃね…それぞれの居場所に」

「だからとっとと散らかして帰るぞ!」

お互いの背が触れたのを合図に走り出す。

飛び散る鮮血を浴びながら、俺は獣の咆哮を上げた。





戦が終わり帰還した後、屋敷に着いた時にはすっかり陽が沈んでいた。

暗闇の中に白い雪が舞っている。

「こんな日だったよな…お前と出会ったのも」

庭に回ると、飼い犬の豆千代の鳴く声が聞こえてきた。

「豆千代!もう遅いからお散歩は明日だ…よ…」

豆千代を追ってきた陽菜が驚いた顔で立ちすくんでいる。

「犬千代?」

「おぅ…」

「………」

「帰ったぞ!」

俺は駆け出し、愛おしい女の体を抱き上げた。

「犬千代!ほんとに犬千代なのね!」

繰り返し呼ばれるその名が俺の心に染み渡る。

「俺以外此処に帰ってくる奴がいるかよ」

「犬千代…無事で良かった!」

泣きながら俺の名を呼ぶ陽菜が愛おし過ぎて、俺はそっとその唇に口づけをしようとした。

その途端

グーキュルキュル

(こんな時に腹の虫が鳴るかよ)

「ふふっ…犬千代はお腹が空いてるのね」

吹き出すその笑顔も眩し過ぎて、俺は目を細める。

「あぁ、そっこー帰ってきたからな」

「ご飯食べる?」

「いや…」

俺は抱き上げたままの陽菜を縁側へと下ろした。

「しばらくはこうして…一緒にいたい」

「ん…」

陽菜は俺の肩にもたれながら、小さく返事を返した。

「犬千代、おかえり」

「ただいま」

そう言い合える事が、至極幸せに思えた。






ー ෆ

1539年(天文七年)1月15日(十二月二十五日)

犬千代♡*:.ᕼᗩᑭᑭY ᗷIᖇTᕼᗞᗩY( 'ω'o♡o.:*♪

犬千代の真っ直ぐなところが好きです。

いいなと思ったら応援しよう!