葉桜 ✎
京の市中を山南さんと巡回している時だった。
俺は雨に濡れた桜の木の下で立ち止まった。
花はとっくに散り、緑の葉が生い茂っている。
「………」
「土方くん、どうしたんだい?」
「山南さん、アンタは散り際の桜を見た事があるか?」
「あぁ…確か花の中心が赤くなっているような気がするね」
「その通りだ。だったら桜の花の中心が赤くなる理由を知っているか?」
「考えた事がなかったな…何故なんだい?」
山南さんは小首をかしげ、桜の木を見上げている。
「芹澤が桜の木の下に死体を埋めたからさ。桜の花が地中の死体から血を吸い上げているんだ」
山南さんは一瞬大きく目を見開き、ふっと笑いをもらした。
「芹澤さんがねぇ…実に信憑性のある話だが、現実的ではないね」
「アンタは引っかからねぇんだな」
数年前に芹澤と桜並木を歩いた時、芹澤は確かに言った。
『桜の花の中心が赤くなるのはよぉ…根の下に死体が埋められているからだ。間違いない。俺は埋めた事がある』
くだらないと思いながらも、当時の俺は死体を埋める芹澤の姿を想像してしまったのだ。
「ふふっ…年若い平助や意外に単純な永倉くん辺りは本気にしそうな話だ」
「そうだな。あの二人なら震え上がるに違いねぇ」
笑いながら歩みを進めると、後ろに続く山南さんが妙な事を呟いた。
「試してみてはどうかな?」
「は?」
俺は立ち止まり、怪訝な顔を向けた。
対する山南さんは、感情の読めない笑い顔をしていた。
「いや、何時か死す時が来たら…桜の木の下で過ごすのも粋かなと思ったんだよ」
「西行かよ?」
山南さんは遠くを眺めながら呟いた。
「願わくは 花のしたにて 春死なん そのきさらぎの 望月の頃」
「二月に死んで埋めたら、四月には赤い桜が咲くってか?」
「ふふっ…なかなか粋ではないかい?」
「冗談」
俺は軽く笑い飛ばした。
だが、山南さんは真剣な面持ちで俺に向き合い、言葉を続ける。
「土方くん」
「なんだ?」
「何時か私が士道を踏み外したら…君が私の命に決着をつけてくれないかい?」
「笑えねぇな」
俺はそれだけを呟き、山南さんに背を向けて歩き出した。
その何時が来る事も知らずに。
ꔛ𖤐
先にアップしました『桜雨』の後のお話です
『桜雨』は2021年にアメブロに掲載したものを加筆修正しました
その際に「続きが書きたいなぁ」と思い、土方さんの誕生日に向けてコネ(ノ)`ω´(ヾ)コネしました
『士道』とは武士の守り行うべき道義のこと
山南さんは『士道』を踏み外したと言うより、新選組(近藤さんや土方さん)との思想の食い違いや、西本願寺へ屯所を移す事への意見の食い違い等で結果的に脱走しました
書物の中で土方さんは苦渋の決断の上、山南さんに切腹を命じるのですが…
これを非道であると捉えるかどうか
このあとがきを書きながら思いましたが、『粛清』ではなく『切腹』を命じた時点で、土方さんは山南さんに『敬意』を払ったのだと思いました
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