毒の花【服部半蔵】-天下統一 恋の乱- ✎

私、服部半蔵【正成】は現当主である服部保長の六男として誕生したらしいです。

なぜ疑問形かと?

私が物心ついた頃には長兄である【正茂】しか側にいなかったからです。

服部の里の者は皆毒に精通した者ばかり。

毒に対する耐性がつかなかった者には【死】という選択肢しかありません。

「正成、食事の時間だ。行こう」

私と十歳以上離れていた正茂は、見知らぬ母、姿を見せぬ父に代わり、良く面倒を見てくれました。

「はい!兄上様」

「服部の里に生まれた以上、毒の耐性をつけて生き残らなければいけない。敗者の待つ先は死だ。正成は敗者になってはいけないよ。正成、生きなさい」

「はい!」

服部の里には似つかわしくない、あたたかな家族の光景。

この【異常】な兄弟愛は完全に里の中では浮いていいました。

いえ、当時の私はこれが【異常】だとは知らなかったのです。

そして私はこの穏やかな幸せが長く続くと信じていました。





兄には一つだけ致命的な欠点がありました。

兄は身体が弱く、よく咳をしていました。

毒に耐性のある体だからこそ薬が効かず、治療のしようがない。

身体が弱い長兄を跡継ぎに置くことに疑問視する者は少なくなく、健康な私を跡継ぎにと父に進言する者も数人いたようです。

しかし父はそれに対しては終始無言を貫き通していました。

ある日の事でした。

私は兄に連れられ、何時もの森にある泉へと水を汲みに出かけました。

その泉の周りには毒草が生茂り、泉は毒水と化していました。

その泉に触れられるのは一部の服部の里の者のみ。

免疫の無い者は触れただけで死に至るのです。

「正成、来てごらん。水辺に新種の薬草が生えているよ」

私は素直に兄の側に膝をつき、水辺を覗き込みました。

「あぁ…本当だ。摘んで帰り…」

そう呟いた瞬間、私の顔面は泉の中に沈められていました。

顔を上げたくても、頭を押さえつけられているので、息継ぎさえ出来ません。

兄に助けを呼ぼうとすれば大量の毒水が口の中に入り、喉に焼けるような痛みが走りました。

「正成ごめん…ごめんよ…お前がいたら私は跡継ぎになれない。ほんの少し体が弱いだけで私を蔑ろにしようとするんだ。皆で健康なお前こそが跡継ぎに相応しいと言うんだ」

力が緩んだ一瞬顔を上げ呼吸をするものの、また直ぐに押さえつけられる。

押さえつける力は徐々に増していき、私の体の半分は泉に浸かっていました。

口から、皮膚から毒水を吸収した私の意識は朦朧とし、体も徐々に痺れていきました。

死ぬ?

そんな言葉が頭を過る中、兄の狂った様な声がくぐもって聞こえます。

「私は…私は敗者じゃない!勝者だ!勝ったんだ!」

その瞬間、私は負けようとしているのだと気づきました。

そして兄の「敗者になるな」「生きろ」と言った言葉が脳裏を過りました。

私の中では父よりも強い、絶対的存在である…絶対的存在であった兄の言葉が…。

私は力を振り絞り、わざと泉に沈むようにと徐々に体を進めました。

(一か八か…兄上様が気を抜いているなら、勝算はある)

兄の腕が泉に浸かったであろう辺りで、私は力を振り絞り体を反転させました。

バシャ バシャ

泉に体を打ち付ける様な音が何回か響きました。

顔面が泉から出た瞬間、私はがむしゃらに側にいるはずの兄に飛びつきました。

「がはっ?!」

「形勢逆転…ですね」

ほぼ全身が毒水に濡れた私の体は酷く痺れていましたし、毒水を大量に飲んだ私の意識は薄れていました。

が、皮肉にも兄の『死ぬな』の一言が私を奮い立たせていました。

「ゴホッ」

(私より毒の免疫が高い兄上様にこの毒水は効かない…力でも敵わない…ならば)

私は兄の首を締めながら、その体を泉に沈めようと思いっきり力を入れました。

「ごふっ!」

兄は何度何度も抵抗をしましたが、私は生き伸びる為に必死で首を締め続け、兄の体を泉に沈めようとしました。

「………」

美しく冷淡な相貌は苦悶の表情を浮かべ、鍛えられた逞しい体もやがて抵抗を止めてしまいました。





どのくらいそうしていたのでしょうか。

兄に馬乗りになったまま硬直していた私は、痺れる体を引きずりながら水際へと這って横たわりました。

やがて誰かが近づき

「正成」

冷たく感情の無いその声で私の名が呼ばれました。

「良くやった」

「………」

「里に戻ったら私の部屋に来なさい」

「はっ…ぃ…父上…」

私はそこで意識を失いました。






今夜はここまでにしておきましょうか。

もっと知りたいと…?

ふふっ…貴女は困った人ですね。

ではまた私の気が向いたらお話しましょう。

気が向けば…ですがね。










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前々から半蔵さんストは書いてみたくて

いや…一つnoteに掲載済みなんですが

妖しさだけで書いたSS【99/100騙しの半蔵】ってやつ

今回は半蔵さんの過去を書いてみたくて…書きましたが力不足l||li(っω`-。)il||l

ちなみに服部半蔵正成という人は、史実では忍と言うより武人のようです

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