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【美術展レポート】没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ|ひとよ茸ランプが意外とデカかった件
本日、2月15日(土)より六本木・サントリー美術館にて「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」が開催されている。エミール・ガレは19世紀アール・ヌーヴォーを代表とするガラス陶芸家である。ジャポニスムの影響を受けた彼の作品は動植物の有機的なフォルムと和洋折衷のバランスによって生み出される独特な作品が多く、日本でもファンが多い方である。
わたし自身、昨年に美術検定の勉強をする中で一番衝撃を受けたのがエミール・ガレの「ひとよ茸ランプ」であった。絵本の世界から飛び出してきたような幻想的なランプ。吉祥寺のアンティークショップで見かけそうだが、街中でみられるようなインテリアとは違った迫力がある光とガラスのマリアージュに惹きこまれたのであった。今回の展覧会で「ひとよ茸ランプ」が観られると聞きつけ、初日に行ってきたのでレポートを書いていく。
1.ル・コルビュジエとの手法の違い
先日、訪れた「ル・コルビュジエ──諸芸術の綜合 1930-1965」では、貝殻や石をはじめとする自然の中にある物質を抽象化していくプロセスが紹介されていた。彼の建造物は幾何学的モチーフが多いのだが、意外にも自然がベースとなっている。発想自体はエミール・ガレも同様である。彼はバッタを始めとする昆虫を中心にガラスの世界へ収めていく手法が採用されている。しかしル・コルビュジエとは異なり、自然/人工の中間点を模索していく手法がメインとなっている。
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たとえば、花器「葡萄畑のエスカルゴ」がある。エスカルゴの丸みを表現した作品なのだが、土台と器の視点にかけて渦巻が立体的に刻まれている。単に花器にエスカルゴの模様を刻むだけでなく、花器の構造に欠かせない存在としてエスカルゴの渦巻があることが強調されている。
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これは木の葉トレイ「アイリス」
エミール・ガレは一貫して、作品に対象となる自然本来の形を取り込もうとしている。晩年の脚付杯「蜻蛉」では、トンボのしっぽを杯のフチに合わせこむことで、存在感を引き立てている。ガレはガラス工芸品だけでなく家具や木細工なども手掛けているのだが、木の葉トレイ「アイリス」でも同様に、葉の運動を意識させるように、縁に隆起をもうけている。
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もちろん、器に絵が描かれただけのものも存在する。エスカリエ・ド・クリスタルで販売された花器「人物・ふくろう(後)」は官能的な眼差しを空へと向ける女性が描かれているのだが、髪の丸みを器の底の丸みへシンクロさせることで一体感を醸しだしている。このように、ガレは物質的な空間と対象のマリアージュを突き詰めたアーティストといえる。
2.和洋折衷の達人
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ジャポニスムの影響を受けたエミール・ガレは、浮世絵や日本の陶器の技術を取り入れた作品を多数遺したことで知られている。代表作・花器「鯉」では葛飾北斎「北斎漫画」の《魚藍観世音》のモチーフを転用したことで知られている。となりには花器「バッタ」もあるが正直、この段階では中国っぽさも混ざっており、ガレの中で日本は《アジア》という大枠で括られていたのではと思う。
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それから数年後の作品となると状況が変わってくる。1880年頃に作られた置時計に着目してほしい。アルザス=ロレーヌ地方の伝統的な青みがかった色彩に、躍動感溢れる植物の曲線が不思議な時間の流れへと誘う渦を形成している。花器「鯉」で葛飾北斎を意識したガレは「冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏」に挑戦したのではないだろうか?右下に垂れて伸びる植物は、水しぶきを彷彿とさせる。それでもってアルザス=ロレーヌ地方の陶器の雰囲気からは逸脱しない。メカニカルな時計部分ですら、それを邪魔しない。匠の仕事がそこにあった。
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ほかにも、ガレには日本の陶器を直接参照した作品があり、「草花」では伊万里風装飾を施した赤/青がアクセントとなるデザインの皿も制作した。彩度は抑えめにすることで、フランスと日本の融和を図ろうとしていることがうかがえる。
3.色彩の魔法
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この発色の魅力はカメラでは収めきれない美しさがあった。
美術館で実物を観る重要性は「ホンモノの質感に触れる」ことにある。ドキュメンタリー映画『世界で一番ゴッホを描いた男』にて、長年ゴッホの贋作を描き続けて来た男がゴッホ美術館で本物を前にしてポツリ、と語る。
「色が違う」
あれだけ何年も文献でゴッホのタッチを研究し、彼の作風に近づけてきたこの男でさえ、写真が捉えきれない色の存在に驚かされるのだ。エミール・ガレの作品はカメラのフィルターを通しただけでは絶対に繊細な色彩を捉えることはできない。実物を観た時の衝撃は計り知れないのである。
わたしが本展覧会で最も惹きこまれたのは花器「タコ、オウムガイ」だろう。ターコイズブルーに染まる観たこともないような色彩を持つ花器。光を透過しないような濃いターコイズブルーであるが、微かに取り込まれた光が器の中で反射し、丸みの帯びた淡いグラデーションを形成する。この繊細さに圧倒された。
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また、同じターコイズブルーでも花器「好かれる心配」のように、ほとんど漆黒に覆われた空間からデザインを浮かび上がらせる目的でこの色が使われるケースもある。多彩な色遣いを鑑賞できるのも「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」の良さであろう。
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もちろん、大胆な色彩の作品も存在する。
では毒々しい黄色、緑、青、そして赤のマーブルがワイン色の栓付瓶にコンセプトを与え、湧き立つ水を表現している水のクリアさがアクセントとなっている。使いどころに困るような代物だが、遊び心に満ちた色彩となっている。
ちなみに、展示の解説によれば、19世紀末においてガレの政治的立ち位置は不安定だったとのこと。ナンシーとパリを行き来しながらフランスを代表とする装飾芸術科となっていった彼だったが、1894年に起きた冤罪事件「ドレフェス事件」でドレフェス擁護派に回ったためナンシーでは反感を買う。しかし、パリでは好意的にみられ、2つの都市との間でのギャップに苦しんだとのこと。それでも1900年パリ万博では栓付瓶「葡萄」のような挑戦的な作品を放っていたと考えると創作に対する力強さを感じる。
4.ひとよ茸ランプはデカかった
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ルーブル美術館へ訪れた人は口をそろえて語る。
「《モナ・リザ》が小さかった」
しかし、世界の名作の中にはその逆も存在する。エミール・ガレのもっとも有名な作品「ひとよ茸ランプ」は、寝室にひっそりと置かれている小ぢんまりとしたランプだと誰しもが思うだろう。しかし、実際には83.8cmもある大作なのだ。家具を除けば本展覧会最大級の作品がクライマックスに鎮座している。煌煌橙と照らされた空間は周囲のガレの鮮やかな色彩を寄せ付けないほど空間を掌握しており、思わず近寄らざる得ない迫力があった。
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キノコという光を通さない物質に対し、キノコの色見はそのままに新しい解釈を与える。可愛らしくでもどこか不気味なファム・ファタールたる存在感が宿る「ひとよ茸ランプ」を生で観られて多幸感に満ち溢れたのであった。
開催情報
▷展覧会名:没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ
▷会期:2025年2月15日(土)~4月13日(日)
▷場所:サントリー美術館
▷開館時間:10:00~18:00(金曜日は10:00~20:00)
※3月19日(水)、4月12日(土)は20時まで開館
※いずれも入館は閉館の30分前まで
▷休館日:火曜日(ただし4月8日は18時まで開館)
▷料金:一般 当日 ¥1,700 前売 ¥1,500/大学・高校生 当日 ¥1,000 前売 ¥800
参考資料
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