自己紹介 ではないなぁ 自分勝手な自分史(2) (2)で本当に終わるかもよぉ
思った以上に、多くの”スキ”を頂いたので、調子にのっちゃって~♪(ゆりあん風)
中学、高校編を書いちゃいます。
参考までに、(1)はここです。
無事?市内の市立中学に入学しましたが、やんちゃは変わることなく、真面目に部活に取り組むでもない。
仲間とつるんで悪さをしている方が楽しく、学校近くのショッピングセンターでたむろしては、たびたび補導されていました。(汗)
でも、お金欲しさに、夕方は新聞配達のバイトです。
柔道の帯を少し太くしたような物で、半分に丸めた夕刊を括りつけて、肩に掛けます。
一部づつ新聞を抜いては、決められたところに配達です。
担当は、繁華街のお店で、店裏にまわって配っていました。
華やか表と違って、裏側から見るとお店の事情が色々と見えてきます。
大好きだったケーキ屋さんの裏側を見て、二度と食べないと誓ったりしたものです。
この写真は、私では有りませんので悪しからず(汗)。
女子には結構モテてましたよ(自己申告)。
中1の誕生日には、結構な数のプレゼントを頂いた記憶があります(あくまで記憶)。
モテ期のピークだったのかもしれません。
その中には、気になっていた子がいたのですが、特に進展もありません。
(後ほど、ほんの少し出てきます。)
3学期になる直前に、住み慣れた長屋から、新築一戸建ての借家に、引っ越すことになりました。
初の転校で、人生の転機となりました。
相変わらず品の良い地域ですから、転校初日から、色んな方々が教室にやってきて、声をかけてきます。
(”いちゃもん”ってやつですね)。
無視していると、ドラマのように、生意気だと、胸ぐらを掴まれました。
邪魔くさいなぁ…
立ち上がると同時に相手の顔面めがけて、下から頭で思いっきり突き上げて差し上げましたです。
当然の結果ですが、相手は鼻血を出しながら仰け反ります。
これが合図となって、大喧嘩の始まり始まりぃ~♪
初日にして親の呼び出しです(汗)。
翌日からは、”逃げなかった1年生”ということで、そこそこの有名人になってしまいました。
喧嘩後、品の良い仲間と一緒に長ランを仕立てに行ったり、結構仲良く遊んでました(汗)。裏地の右には虎、左には龍の刺繡を入れ、背中には”栄枯盛衰”(謎)。
で、なにが転機かというと、以前の学校では英語が得意だったのですが、転校先で英語の教科書が変わってしまい、習ったことがない意味不明なことだらけになってしまいました。
この時点で、「生涯英語が苦手」が確定した瞬間です。
大学進学に大きな影響を与えることになります。
中2になると、校区変更の為、新設中学に通学することになりました。
結果的に、中学校は3校も行くことになりました。
英語はあいかわらず苦手でしたが、そこそこ勉強はできて、特に数学が得意でした。
成績を貼り出すタイプの学校で、学年で5位以内をキープ。
結構な有名人でした。
そりゃぁ、長ランで学校に来て、カバンはぺったんこで、教科書はすべてロッカーと机の中に入っている成績優秀者って、なんかアニメとかにしか出てこなそうでしょ(爆)。
同じクラスの学級委員長女子にコクられて、初めて彼女が出来た年でもあります。
彼女もかなり勉強が出てきて、いつも競っていた記憶があります。
金がない中学生ですから、お互いの家で勉強したり、公園でだべるぐらいのお付き合いでした。
高校受験の3年生となります。
あいかわらず経済的浮き沈みの激しい状態だったので、公立を目指していました。
親の周りでは私立進学校に、行かせるべきだという声が多かったようで、大阪で有名な某私立進学校を受験することになりました。
しかし、見事撃沈!
第2希望の兄弟高校には、なんとか合格。
(不思議な学校で、一つの封筒に、不合格と合格通知が入っていました。)
同じ中学から3名受けて、落ちたのは私だけでした。
大阪府立高校を受験しますが、合格している私学には行きたくなかったので、ワンランク落として学区No.2の高校を受験し、無事入学。
例の彼女は、私と同じ高校に行くと、すがり泣きましたが(ここは、脚色)、成績優秀ゆえに親に説得され、私もNo.1高校に行くように説得し、見事合格して入学。
別々の高校に進学した時点で、自然消滅って感じになちゃいました。
入学と同時に、坊主頭の反動とギターリスト伊勢正三さんに憧れて、長ランを脱ぎ捨て、髪を伸ばし始めます。
入学した大阪府立高校は、自宅から一番近く、自転車通学で通学費ゼロ円です。親孝行な息子です(自画自賛)。
高1のある朝、いつものように自転車で通学していると、向かい側から別の高校生が自転車でやってきます。
どうやら、向こうは三人組のようです。
また、勃発か?
いや、女子3名のようです。
「あのぉ、これ受け取ってください!」と、超絶真面目そうな女子にチョコを手渡された経験があります。
どうやら、別の高校の1年で、毎朝通学時にすれ違っていたらしい。
うらやましいでしょう(ふふふ)。
高2の学祭では、サブボーカル兼メインギターとしてバンド活動しつつ、クラスで模擬店をやって、ひと稼ぎしようと友達と画策。
何をするか議論しましたが、次の私案が通ります。
学校からマクドナルドまでは、徒歩では25分。自転車で10分程度。
「自転車で買い出しに行く部隊」と「売りさばく部隊」をつくり、店頭価格プラス30円で販売。
飛ぶように売れ、かなり稼ぎました。
学祭終了後、そのお金で、お好み焼き屋で打ち上げです!
当然、こっぴどく学校と店舗から叱られました。
懲りもせず、3年では「わらびもち」でひと稼ぎです!
自作ですので、叱られることもありません。
何故、「わらびもち」かって?
ご存じの方がいらっしゃると思いますが、かなり原価率の低い商品なんです。
原料の蕨粉ですが、本物の蕨粉を使うと高いのですが、タピオカなどのでんぷんで構成された蕨粉なら、めちゃくちゃ安価で、簡単に作れます。
売値100円に対して、原価は10円ぐらいだった記憶があります。
まぁ、ガス水道は無料(学校内)、人件費もゼロですからね(汗)
またまた、学祭終了後、お好み焼き屋でどんちゃんさわぎです。
今度は、飲酒がばれて、1週間の停学です(汗)
かなり自由な校風で、おもしろいことを考える友達ばかりで、何度腹を抱えて笑ったことか。
世界史の先生は、ドラマに出てきそうなメガネ女史先生でした。
先生が教室のドアを開けると、
トイレットペーパーを体中に巻き付けたミイラ状態で全生徒が座っています。
「あなたたち!なにをしているんですか!」と発したところで、
一人の生徒が起立!
「本日は、エジプト史の授業なのでミイラ気分になって授業を受けることにしました!」
その後、先生は私たちの存在を無視して、淡々と授業をして帰りました(爆)。
仲間で、日活ロマンポルノを見に行こうと、映画館の前で集合していると、担任の先生が、自転車で通りがかりました。
やば!
先生曰く「お前ら、他人がビール飲んでる姿を見て、うまいか?わしなら自分で飲みに行くけどな。」
この一言で、全員解散です(爆)
夏休みは、かなりバイトを詰め込みました。
塗装店のバイトで建設現場に通ったり、道路に座ってひたすら通行人をカウントするバイトもやりました。
カウントするバイトをしているときに、どっかで見たことがある女子が私の前を行ったり来たり。
ん?なんだ?
あっ!中1の時の例の子だぁぁ!(ここで出てきます)
電話番号を書いたメモをもらいましたが、それっきりです(汗)。
当時は携帯電話なんてなかったので、固定電話の番号です。
誰が出るかわからないので、気楽にかけることなんてできませんでしたよね。
こんなバカばっかりをしていても、受験の季節がやってきます。
子供の頃の電子ブロックがきっかけで、理系の電子電気工学を目指すのですが、どうも英語がネックとなります。
担任「君が合格できるのは有馬の専門学校しかないな」
私「?」
担任「そんな学校は、”ありませんもんがっこう”やぁ」
私「・・・」
第一希望 国公立大学工学部 撃沈!!
第二希望 関西の有名4大学 全滅!!
第三希望 有名4大学の次の大学2校 滑り込み!!
親と相談し、一年限りの浪人生活が決定です…
次回は、浪人、大学編です。
(本当に続けて大丈夫?)