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無尽蔵
二年近く一緒に暮らし続けた蛙が死んでいた。残り少ない期限の終わりに生死半々の気持ちを携えながらも、仮免入所を蹴って三時間ハンドルを握り続けて帰ってくる。不意に蛙を眺めていると、一匹死んでいるのが直ぐに分かった。亡くなるだろうと考えていた月より遥かに長く生き、やせ細っても尚冬眠の体制に入らなかった其れは、霜月の消え掛かる火種に焼かれて死んでいた。心做しか安心してしまった自分が居る。
先に旅立った者の一匹は叢に隠すように置いてきたし、また一匹はマンション前の花壇に浅く土を盛って埋めた為、何処へ連れて行けば良いかも分からないまま家を出た。一度、亡骸そのものを持って出ることすら忘れて、エレベーターを数往復した。夏特有の騒めきも無いコリドール、時間も時間だから換気扇が息を吹く音だけがじりじりと木霊している。
やっとの思いで辿り着いたロータリーも有り得ないほどに騒いでいるし、黙りこくった街に転がるロング缶の音は痛々しくていけない。紛らわしに買った缶珈琲を飲んで暫し考え、静かな森の中に埋めることにした。弔いなんて言い方だけは違い、埋めた傍から掘り起こされるような、酩酊客の嘔吐に塗れるような仕打ちを受けて欲しくは無いという、ある種の祈りに近い。
夜露に啄まれた地面は柔らかく冷たい。産まれたての子猫が丸く収まりそうなほどの穴を掘って、亡骸を地中に仕舞った。触れた手をそのままに煙草を吸った。ブランコに乗った。上半身をしならせては、空を蹴った。客人が置いてった洗いたてのズボンから、確実に私のものでは無い匂いがする。街灯にぶら下がる女郎蜘蛛が、風でゆらゆらと揺れていた。
夏の終わり頃に花火をしていた公園の、全く同じ位置に腰を掛けてみる。火が消えたと唸る人間の顔が見える気がして、また突然の告白に対して応えあぐねる人間の顔も見える気がした。私がこうして呑気に生を歪めている間にも時間は進んでいたし、季節は流れている。
貨物トラックの小脇で用を足す男の背後に、真っ暗な住宅街が見える。こうしている間にも誰かが眠っていて、誰かはそうでない。
花壇で揺れる花を眺めながら、冬が来ていることを悟った。耳障りな残響に対してどう反応していいか困るし、残るフィルムも残る季節も清算しなければならないような気がする。