アバンギャルドな誕生日ケーキ
今年も誕生日には父からの手作りケーキが届いた。
無論、それは宅急便などではなく、ただの写真。
もっと言えばLINEで送られてくる画像だ。
私の父は超が付くほどの甘党で、
お酒を飲んだ日にはもうスイーツに伸びる手が止まらない。
洋菓子、和菓子、ジャンル問わず甘いものがとにかく大好きなおじさんで、
ちなみにスイーツとは関係のない職業に従事するごくごく普通のおじさんだ。
父が甘党である記憶を遡ると私が小学生の頃に遡る。
それは小学校低学年の夏休み、家族で海に行ったときのこと。
幼い姉と私は、
泳ぎ疲れて海小屋で寝ている父を見てイタズラを思いつく。笑いを堪えながら、自分たちの食べていたレモン味のかき氷を寝ている父の口にそーっと運んだのだ。
「わー!!」っと驚くかな…
私たちのドキドキをよそに
父は眠りながら、にこにこしながら、そのかき氷を食べたのだった。
きっと夢の中でもかき氷を食べていたに違いない。
それはそれで幼かった私たち姉妹にとっては楽しくて父が起きるまでそのイタズラを続けていた。
父は嬉しそうに笑いながら目を覚ましたのを覚えている。
その出来事は、
私が実家を離れて一人暮らしを始めた記念すべき1年目の誕生日に起こった。
iPhoneのバイブレーションと共に父からのLINE。
「誕生日おめでとう」の文言と共に、
アバンギャルドな風体のオリジナルケーキの写真が添えられていた。
「今年はドラゴンフルーツを載せてみたよ。」
載せてみたよ、じゃないよお父さん。
私は心で突っ込みつつ、
実家から遠く離れた地で1人、気づけば笑っていた。
よりによって何故そのフルーツのチョイス。
赤くつぶつぶとしたドラゴンフルーツが、白いクリームと相反し、それは控えめに言って魔界のスイーツのようなグロテスクささえあった。
みずみずしく果汁の滴るドラゴンフルーツと、バチバチに南国感のあるパイナップルの組み合わせはケーキ界も騒然なんじゃなかろうか。
まさかその2つをショートケーキにぶち込む発送は斜め上すぎた。
ひとしきり笑った後で私は思い出した。
そうだった、父は甘党だった。
そして家族の誕生日には率先してケーキを作っていた。
もちろん作る、といっても会社勤めのおじさんが
スポンジを焼ける訳でもなく、美しく飾り付けられる訳でもない。
スーパーで市販のケーキスポンジを買い、生クリームを泡立て、好きなフルーツを載せる、その程度。
幼い私はお父さんと並んで一緒にケーキ作りをしていた。
それが楽しくて仕方がなかった。
家族の誕生日ケーキ準備は私と父の任務だった。
ケーキ作りは近所のスーパーでフルーツと生クリームを選ぶところから始まる。
父は脂肪分の高い濃い動物性の生クリームが好きで、逆に私は脂肪分の低い、植物性の生クリームが好きだった。
2つを混ぜたり、混ぜなかったり、よくそんな実験もしていた。
ボウルの下には濡れ布巾を敷き、滑り止めを。
大きなボウルにクリームを注ぎ泡立てる。
あちこちにクリームを飛ばしながら泡立て器でかき回す私を、父は微笑みながら見守ってくれていた。
少しもったりしてきたところで砂糖を入れる。
砂糖は必ず上白糖を山盛り2杯。
ここでの味見は欠かせない。
甘くても甘くなくてもお構いなしで、私と父は2回くらい味見という名のつまみ食いをしていた。
固まってきたらラストにバニラオイルを2.3滴垂らす。いい匂いがたちこめ心が踊ったのを覚えている。
ケーキに塗りたくり、思い思いのフルーツを載せる。
どんな出来でも父は美味しそう!と褒めてくれた。
ここで私はLINEの画面に視線を戻す。
「今日は主役不在の誕生日パーティーです。」
ケーキを食べる口実に娘の誕生日を使うなんて、
どこまでも甘党な父だ。
といいつつ、私がそこに居ても居なくとも
私の誕生を遠くから祝福してくれている、
そんな家族が居ることが純粋に嬉しかった。
数年経った現在。
私は一人暮らしを終え、結婚しパートナーと2人で暮らしている。
あと3年で還暦を迎える父は相変わらず甘党だ。
そして今も尚、家族の誕生日になると
ケーキ作りに勤しんでいる。
一緒にかき氷のイタズラをした姉は今年、
めでたくベビーを出産する予定で、
初孫の誕生に父のケーキ作り意欲は
益々加速するのではないかと私は踏んでいる。笑
家族の形は日々変化してきたけれど、
父のケーキは今年も、きっとこの先もずっと変わらないだろう。
クリームが甘くて、
フルーツのチョイスがトンチキで、
荒々しいお父さん特性ケーキを
今年も待ち侘びている私が居る。