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6-3 上 新米狼、赤ちゃん虎に返り討ちに遭う ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~



ディミトリはマーヤに普通市民権の書状とザレン茶舗本店の店長になる辞令の二つの書状を見せて、緊張した声で尋ねた。

「ご迷惑、ですか?…マーヤ様にとっちゃあ、大迷惑もいいところかもしれねえが、だが、だが…俺は勝手に、もう決めたんだ」

(もしマーヤ様が本気で俺と一緒になってもいいと思ってらっしゃるならここで素直に喜んで下さるだろう)

(だが、もしマーヤ様が俺の事を「良家への輿入れ前の一時の遊び」のつもりならここで困った顔をなさるはずだ。俺のことは好いてはいるがさすがに結婚は無理よ、なんて優しく言い含めて来るかもしれねえ)

(さあ、マーヤ様、どっちだ。貴女はどう出るんだ)

女主人と下僕6-3トラ

         だが。

薄菫色のガウンとネグリジェのマーヤは崩れるように床にへたり込んで泣きじゃくった。

「な、なんて事!!ごめんなさい...ごめんなさい...どうしてそんな馬鹿な事を!そんな無理なことしなくて良かったのに...!そんな...わたくしなんぞのために...そんな!!」

泣き崩れるマーヤを見て、さっきまで天国にいたようだったディミトリの表情も一転し、ディミトリは一発殴られたような表情で、苦し気に乱れた呼吸で息を吸い込んだのだ。

(やはり、一時の遊びのおつもりだったか...!!)

(やっぱりマーヤ様も俺とは違う世界の違う感覚の人間なんだなぁ...当たり前か...上流階級の女だもんな...)

(まあそりゃそうだわな、無理もねえことよ、遊びにしたって、わざわざ奴隷身分のこの俺、綺麗な優男でもなんでもない、こんないかついぶ男のこの俺を、わざわざ選んで下さるだけで、奇跡だ。マーヤ様の酔狂に、神様の思し召しに、ただただ感謝としか言いようがねえ...一時の遊びだとしても奇跡のようなありがたい話なんだ...だが...)

実は、よくよく考えると、いま、マーヤはべつにディミトリに「おまえとは遊びのつもりだ」と言い渡したわけでもなんでもない。

しかし、「普通市民権など取る必要無かったのに」と泣き崩れるマーヤを見てディミトリはすっかり思い込んだ。

そして、ディミトリの想像はさらにどんどん嫌な方向に突っ走っていった。

(それにしても、解せねえ。…ご自分でも何度もそう仰ってるし、処女に違いないと思っていたが、綺麗な優男に恋するならともかく、俺みたいなこんな、無駄に立派ないかつい身体くらいしか取り柄のねえ男なんかと婚前に遊びたいだなんて、まさかひょっとしてマーヤ様は処女ではないのか?あんがい、そこら中の男達とよっぽど遊んでる娘なのか?まさか...まさか...!)

純粋な性格の清らかな高貴な方だと信じ切って、長年喜んでかしずいていた相手が、一時の恋、いや、結婚前に男遊びを愉しむような娘だったのか、と想像しはじめると思い込みがどんどん止まらなくなり、ディミトリは深く落胆していった。

いや、たとえマーヤが「そういう」娘でも、遊び相手の男達のひとりに自分を選んでくれただけでもとてつもなく嬉しいはずなのだが、それと同時に、思いっきり裏切られたようながっかりした気持ちでいっぱいでもあるのだ。

ディミトリは床に向かって吐き出すように小さく嗤った。

(というか、俺も馬鹿すぎるよな。図々しいにもほどがあるぜ。何を期待してたんだ。いくら何でもマーヤ様みたいな方が俺みたいなのと本気で夫婦になりたがるわけがないじゃないか...)

仕事柄、ディミトリは茶舗で上流婦人たちの内輪同士のおしゃべりを長年見聞きして生きている。

ふだんは下級市民たちの前ではさすがに見せない、ぞっとするような、背筋の凍るような差別意識を。

(なのに、マーヤ様だけが、人生捨てるようなリスクを背負って、敗戦奴隷のこの俺と夫婦になりたがるかもなんて、そんなのある訳ないだろう!!なのに、なんで、なんで、なんで!!俺はどうしてそんな調子の良いことがあるかもしれないとまで思い込んでいたんだろう!!)

 (だが!マーヤ様...!)

泣き崩れるマーヤを見つめているディミトリの目がぎらりと光った。それは茶舗の売り場では決して見せない表情だった。

(賢い方と思っていたが、マーヤ様もやっぱり良いところのお家のお嬢ちゃんなんだな、あさはかというか、俺を信用し過ぎるというか…。)

(悪いが、俺をみくびったのがマーヤ様の運の尽きだぜ!)

長年に渡って、茶舗にやって来る一部の上流夫人どもから投げ掛けられたぞっとするような侮蔑、人間を人間と思っていないあの態度。しかもその年増ども、時に、淫蕩絶倫の血が流れると噂の「ゾーヤ人敗戦奴隷」のディミトリの首輪といかつい身体に性的な興味を持って、たまにザレン爺を通して「あの男は一晩幾らか」と打診してくることすらあるのだ。ザレン爺は面白がって笑っているが、そういう女に限ってディミトリに普段とてつもない高慢ちきな侮蔑的態度を取って来るので、ディミトリとしては背筋が凍るような気持ちがする。

今まで、マーヤがディミトリをなにかと褒めてくれたり優しくしてくれたりするのを、ひたすら真心であると素直に感謝して受けていただけに、マーヤの心の中はあいつらと同じだったのか?すべて自分の愚かな思い込みだったのか?と想像し始めると、ショックでディミトリの頭には血が登って来た。

(お人よしな俺なら、どんな事でもどんな時でも、マーヤ様のいいなりになると勘違いしてらっしゃるんだね?何度か遊ばせて頂いたら、マーヤ様のご将来のためにと、めそめそ泣きながら俺の方から身を引いて関係を終わりにして、思い出を胸に、一生誰にも秘密にして、後はマーヤ様がいいお家に輿入れするのを陰から涙を流して一生祝福してくれるような、やさしいやさしい男だと、勘違いして下さってるんですね?)

(そりゃあ、まさにそういう害のない穏やかな男を装って世渡りしているし、普段ならマーヤ様の幸せのためなら、無茶な我慢だっていくらでも致しますよ…いくらでも...)

(だが!この件だけは、俺は引かねえ!)

ディミトリが何年も何年も惚れていた女。

しかも童顔に似合わず街一番の肉体美と噂の美女が、自分からディミトリをあけすけに誘ってきたのだ。

(ここで俺がおめえさんを逃がすわけがあるかよ。…おめえさんが実は遊んでる「そういう」種類の女なら、俺だってふだんのお人好しの皮を脱いで、ちょいと「そういう」感じに対応を強引に変えさせて頂きますぜ...!ある意味却って料理がしやすいってもんだ)

いつもは押しが弱いにもほどがあるディミトリだが、傷ついた心が妙な原動力となって、ディミトリは打ちのめされた心のままマーヤに手を伸ばし腕をがっちりと掴んで、震える声で言った。

「まあまあ、マーヤ様…泣かないで...大丈夫...いいんだ、いいんだ、もう市民権の事などすっかりお忘れになって下せえ。そんなこと別に謝る事はねえ。俺が勝手にやったことよ。いいってことよ。…それより、それより、マーヤ様?...こないだマーヤ様は、俺になら何をされても嬉しい、観念しております、とまで、確かに...確かに、仰いましたよねぇ?忘れたとは言わせませんぜ。それで、ここは…ここは寝室ですよねえ?」

ディミトリは、崩れ堕ちたように床にへたり込んでいるマーヤを震える指でそっと抱き起した。マーヤは泣きじゃくりながらも、何の抵抗もせず、やわらかい身体をくったりとディミトリに預けている。

(もう逃げられねえよ。今すぐだ。徹底的に抱いて差し上げようじゃねえか。いますぐおめえさんの一番奥の奥底の子宮にまで突き立てて俺の子種を何度でも流し込み、今日にでも俺の子をはらませてやる…!)

ディミトリの胸のあたりはいやな動悸がして冷たく冷えて来るのに、背骨の下端の奥底のあたりだけがびりびり痺れるように、熱く、熱く、みだらに、堪らなく湧きたった。

(これから毎日毎日、腰を抜かすまで、マーヤ様の奥の奥までけだものみたいに突きまくって、俺の竿でないと満足できねえ身体になるまで仕上げてやるよ。たしかに俺の経験なんて、ガキ同然の頃にほとんど襲われるようにして経験した、あの年増ひとりだけだ。だが!あの百戦錬磨の村一番の ど いんらんのいかれ年増が、お前の竿は今まで寝たどの男よりも最高だ、人生最高の味わいだ、と気が狂ったみたいにつんざくような声でよがりまくりながら繰り返し褒めたんだから、まあなんとかなるだろう。マーヤ様だって今日は怯え痛がったとしても俺に竿を打ち込まれれはまずは観念して…いずれは俺の竿に病みつきになるはずだ...!そして俺のような身分の男と身体の関係があるとの醜聞が拡がったらもうまともな上流階級の男の縁談は来ねえよ。そうだよ。俺は隠さねえ。わざと噂を拡げてやるのさ。チェックメイトだ)

それは、腹立ちまぎれの、暴力的な、下劣な欲望だった。

ディミトリは泣きじゃくるマーヤをそっと立たせ、繰り返し喰らいつくような口づけをしてから、胴をがっちり抱いて引きずるようにしてベッドに連れて行った。

ディミトリは抱きすくめたマーヤの耳元に、耳たぶを舐るようにしながら、かすれた声で、言い訳じみたことを畳み掛ける。

「ねえ、マーヤ様、貴女は俺を、家の中どころか、寝室にまで招いて下さったんですよねぇ?お可愛らしいネグリジェ一枚にガウンを纏っただけのお姿でよぉ、お着替えもせずに...ねぇ?...実にうるわしいお姿だ...身体の線がいつもとちがって丸見えだ...。そのネグリジェの下は....ろくに下着もお召しではねえんでしょう...?」

ディミトリはマーヤを後ろから抱くすくめたうえでいきなり了解もとらずにぶしつけに薄スミレ色のシルクのネグリジェごしにマーヤのふくらみを鷲掴みにしてつるりつるりと滑るシルク越しにそっと撫でまわした。

「あ!」

マーヤは頬を染めてびくっと身体を縮こまらせた。

水を入れた袋ほどにも柔らかい、マーヤのおおきなふくらみが、マーヤの着ているシルクのネグリジェごしに、ちゅるん、ちゅるん、と、ディミトリの骨ばった手から流れるように滑り落ち、滑り落ちると、ディミトリがまたそっと掴みなおす。壊れ物を扱うような力ではあったが、ディミトリはマーヤのそんな場所にまでは今まで一度も手をやったことなどなかったのである。

マーヤはディミトリの手を払いのけようとも振り払おうともせず、ただ、びくり、びくりと、身体を縮こまらせ、わずかに後ずさりするようにそっともがきながらも、結局はされるがままになっていた。

(マーヤ様、それにしてもどうして抵抗しねえんだ、逃げねえんだ、おい、こわくて観念しちまったのかい...?)

罪悪感と興奮がない交ぜになってディミトリの心臓にずきりとへんな痛みが走る。

「...ほうら...やっぱり...下着は付けてらっしゃらなかった...。ずいぶんといやらしい格好だねえ…こんなネグリジェにガウン一枚はおっただけなんて、それこそ裸同然だ...夜が明けたかどうかの早朝にやってきた俺もどうかしてるが、マーヤ様もマーヤ様じゃないかい?お着替えもせずにこんな格好で...これじゃあマーヤ様の方から誘ってると勘違いされてもしょうがねえなぁ...?さっきから目のやり場に困っておりましたよ...ほれ、そこにでけぇベッドがあるじゃねえか。今日は、めいっぱい、楽しませて差し上げますぜ…」

しかし、荒ぶるだけ荒ぶったつもりだったが、なぜかディミトリの指はぶるぶると震えているのだった。

いっぽうで、ディミトリに抱きすくめられたマーヤは黙ってただくったりとしているだけで何も答えない。

(おい、解ってんのかい?俺と寝るってことは、上級市民の優男達と火遊びするのとは訳が違うんだ。マーヤ様が敗戦奴隷と身体の関係があるなんて世間に知れたらまともな家に輿入れなんかできなくなるんだぜ?)

(悪いが...本当に、本当に申し訳ないが...俺はわざと隠さねえよ...?)

(毎晩毎晩これ見よがしに見せびらかすようにこの家に通いながらすぐに俺との悪い噂を街中に拡げてやる。毎朝おめえさんの首に、くちづけの跡どころか、俺の歯形の跡でもつけてやろうじゃねえか。みんなの前で歯を当てたら、俺だって照合出来るようなくっきりしたやつをよ。)

(そうやって街中に俺との悪い噂をがっちりと拡げた上で、どんな男がやってきても俺は徹底的にそいつを叩き潰す。普段は穏やかに見せてるが、俺は敗戦奴隷の首輪で10年間生き残ってきた間にはすこしは修羅場をくぐって来たし、えげつない世渡りの技も身につけてる。どうせ敵はこどもみたいなトッポい上級市民の坊ちゃん共だろう?そりゃ正攻法では勝てねえだろうが、手段さえ選ばないなら、そんなもん、赤ん坊の手をひねるようなもんだ)

(あとはなし崩しだ。なし崩しだ。...悪いが...悪いが...ほかにどんな本命男がいようが...おめえさんはもう俺から逃げられねえ。おめえさんは、観念して、俺と一緒になるしかねぇんだよ。俺の妻として俺にかしずき、俺の子を次々と産んで必死で育て、一生俺に毎晩ひん剥かれて抱かれるしかねえんだ...!)

だが。

やわやわとしたマーヤの大きな双丘や、ほっそりした胴からディミトリの手のひらを伝って、マーヤの温かい体温が伝わってくると、腹を立てて残酷な気持ちになっているはずのディミトリの無理やり盛り立てた怒りが、悲しみに戻ってきてどんどん力が抜けてくるのだ。

マーヤが、たとえ男遊びに慣れた、とんだ不良娘で、物珍しさからついに敗戦奴隷のディミトリにまで手を出したいんらん娘だと仮定しても、それでも、今まで何年も自分にかけてくれた、あの優しい言葉、心遣い、あれがぜんぶ嘘っぱちの世辞だなんてどうしても思えないのだ。

ディミトリは手をぶるぶる震わせたまま緊張した表情でマーヤを掴んでベッドにそっと腰掛けさせ、自分自身はマーヤの目前の床に立膝をついて、ゆっくりマーヤを睨み上げる。

ありえない幸運の中にいて、何年も憧れの人を、今からをどうにでも好きに出来るというのに、ディミトリの表情はひどく険しく目には今にも落涙せんばかりに涙が溜まっている。

そしてディミトリは床から立ち上がろうとした。

たった一歩立ち上がれば、目の前の女をどうにでも料理できる。

ところが。ディミトリは自分で自分に驚いた。

自分の身体がふるえるばかりでなぜか固まって動かないのだ。

頭と体と心がすべてばらばらになったようになって、不思議な状態で固まっているディミトリとは反対に、マーヤは目を泣きはらしながらも、どこか悠然と落着き払っていた。

マーヤはベッドに腰かけさせられたまま書状を抱きしめた。そして唐突にマーヤがディミトリに向かって小さく叫んだ。

     「ばかッ!」

ディミトリは、虚を突かれ、怯えきった瞳でびくっと縮みあがった。

襲い掛かる気まんまんのはずの悪魔じみた見た目の筋骨たくましいこの男は、目の前の華奢な姫様に一声叱られただけで、完全に制圧されてしまった。

「ばかばかばか!何で先に相談して下さらなかったの!こんな...勿体ないことを...いきなりっ...普通市民権なんて...こんな無理なさらなくても!ディミトリ様が大変な思いでいままでお貯めになった大切な大切なお金でしたのに!わたくし、下級市民さえ取って下さったら、下級市民で店長代理のディミトリ様の妻でそれで、充分しあわせでしたのに!わたくしのためにこんな莫大なお金まで支払って、こんな、無理してくださるなんて...ばかぁッ!」

あまりにも予想外の言葉に、ディミトリはしばらく目を見開いて呆然とした。

「へぁっ?!?!な、な、なんですと?!妻、だと?マーヤ様、上級市民で元貴族の貴女が、俺が下級市民になりさえすれば...元奴隷の俺の…妻になる気だったと、なってもよかったと、そう仰るのけぇ?!」

「もちろんよ、下級市民にさえなって下されば、充分じゃないの!」

そしてこの薄菫色のネグリジェの華奢な姫様は、たった今から自分を無理やり犯そうとしているはずのいかつい男を、小さなお手手を握ったげんこつで、泣きすぎて完全に抜けた力で、ぽこ、ぽこと、力なく殴りながら、一層泣きじゃくった。

そしてマーヤはベッドから崩れ落ちるようにしてディミトリに近寄り抱きついて、額に繰り返し口づけして涙をぽたぽたと振りかけたのだ。

床の上でマーヤに抱きつかれたまま、ディミトリは呆然とマーヤに返事した。

「しょ、正気かッ?上級市民の中でいい嗤い者になりますぜ!」

「だから何ですの?まあちょっと変人扱いされたりいろいろ言われるでしょうけど、わたくしそんなのどうでもいい」

「どうでもいい…ですとッ…?」

「だってわたくしは今はもう貴族ではなく商人ですから、ランスの上級市民の中でどうこう言われたって、生活に支障もあるわけでもなし。上級市民の社交にも興味はないし」

「…!」

「でも...でも...嬉しいの...嬉しい...わたくしのために...まさかこんな贈り物を頂けるなんて...嬉しい...嬉しいわ...本当にすごい…わたくし今日のことは一生忘れませんわ...!」

マーヤは膝を崩して床に座り込んで、シルクのナイトガウンとネグリジェが乱れるのも気にせずに、跪いたまま呆然としているディミトリに絡みつくようにディミトリを抱きしめて泣きじゃくった。

「ばっ、馬鹿言うなよ、たかが普通市民権じゃねえですか」

「そちらこそ何を馬鹿な事仰るの?じゃあ聞きますけど、この街の上級市民の若い殿方たちで、一度敗戦奴隷に堕とされた挙句に10年で自分の力だけでここまで這い上がって来れる男が...ひとりだって居ると思います?!昔からお優しいのは知っていたけど…まさかこんな凄い方だったなんて...!ますますびっくりするわ…あなたほど凄い人は他にはいない…」

マーヤは泣きじゃくりながら、ベッドの小机のディミトリが渡してくれた書状に手を伸ばして、掴んだ書状に何度も何度も口づけした。

「なんだと、すごい......だと?こんなことが?!」

「わたくし、心底、ディミトリ様を尊敬しますわ…」

「そっ、尊敬...だと?!おめえさま、何をバカげたことを言いなさるんだ...!」

「御自身ではお解りにならないのね。わたくし、伊達や酔狂であなたをお慕いしてる訳じゃないのよ?ディミトリ様の、その、不思議な生きる力、とことん穏やかなのに、しぶとい生命力に溢れておられる...わたくしには無いものをたくさん、たくさん持っておられる所…。わたくしはディミトリ様のそういう所に、心底惚れこんで、憧れておりますのよ」

それからマーヤは自分のガウンで涙を拭いて...再び立ち上がり...書状に接吻しながらそっとベッドサイドの小机に立てかけ飾るように置いて、そしてベッドにちょこんと腰掛け直した。




ディミトリは目を見開いて、はじめうっすら考えた甘い期待どころか、そんな期待を完全に超えた言葉を畳み掛けるように言い放つマーヤをぽかんと見つめた。

(信じられねぇ…!!)

(憧れておりますのよ、だとッ?!)

(...そんな事があるなんて…!そんな事があるなんて!!!…)

ディミトリは心底驚いたのだ。

(…マーヤ様は俺の事、マジで遊びなんかじゃないんだ...!しかも、これは若い娘特有の一時的なイカれた気の迷いとはどうもちょっと違う...!なにかこう、違った意味でイカれぶっ飛んではいるが…だが…本当に誠実な真面目なお気持ちなんだ!)

(たかが...たかが俺なんかに!!!)

驚きの中でディミトリの誤解は消え、やるせない冷たい怒りは温かいマーヤの気持ちを浴びて、一気に溶けていった。

(だが...!!!やばい...ッ!)

(間違え...た...ッ!)

(それなら!こんな、付き合いはじめて2日か3日で、あんなひどい態度で、いきなりベッドまで強引に引きずって来るつもりなど、俺は決して無かった...!)

(これ、どどどどどうやってごまかせばいいんだ...?!)

再び、ディミトリの背中に変な汗が何筋も伝った。

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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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