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10-6 ずるい恋文 小説「女主人と下僕」

もくじ

ちなみに文中の「ヨサックの一件」とは↓こちらの 1-7、1-8、1-9 です。(下僕がイモをひねりつぶして周囲の人をびっくりさせてマーヤに斜め上すぎるプレイをしてマーヤの心をわしづかみにしたわけですね~)


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       ーーーーーー本文ーーーーーー

紅茶の帯


帰りの馬車で、マーヤは馬車窓にもたれるようにして、潤んだ瞳で悲しげに窓の外を眺めた。

(とてもさびしいけれど、でも、これでいいのだわ。本当は逢いたいの。でも、もし、ディミトリ様がこれで2度とわたくしの元にいらしてくれなかったとしても、決してこれ以上深追いしてはならないわ。このままにしてあの人を自由にして差し上げてなくては。立派な方だったわ。あの人は本当によくしてくださった。そして、ヨサックの一件。あの人はわたくしに大切な事を教えて下さった…)

しょんぼりと、マーヤが帰宅すると、玄関先に、よく街から配達に来るじいさんと、マーヤの家の通いの召使いがなにやら話し込んでいる。そして玄関に大きな箱が積み上がっている。

マーヤの姿に気づいて、通いの召使いが跳ね飛ぶようにして、嬉しげな表情でマーヤを出迎えた。

召使いは、街から沢山の荷物が届けられましたよ、という。


玄関を埋め尽くすように積み上げられた、パールのような光沢の真っ白の厚紙でできた、両手でやっと抱えられるぐらいの、

おおきな箱、箱、箱。

10箱はあるだろうか。


箱には薄い薄いピンク色のサテンのリボンが掛けられている。


不審におもうマーヤが開けると、中は真っ白からピンクまでの、

大量の薔薇、薔薇、薔薇。

驚きで、色白のマーヤの丸い可愛らしい頬に、ほんのりと赤味がさした。

白薔薇特有の、薔薇の香りといっても、ほんのりレモンのような、青い草のような、すっきりとした高貴な香りが家中に広がった。

マーヤは長い黒髪が邪魔にならぬよう片一方に寄せて抑えながら、箱を覗き込むようにして、箱の中の白い薔薇にそっと頬を寄せて、目を閉じて、白薔薇の香りをしばし楽しんだ。

活ける花瓶など、家中かき集めても足りる訳がなく、バケツやら大鍋やらに活けてもなお、それでも全く足りない。

仕方がないので近所の人にバケツを借りにいくほどの、あふれるような量だった。

薔薇には、丁寧な文句の、詫び状と、このランス国ではまだまだ極めて高級な異国のカカオ豆をたっぷりと使ったチョコレエトが入った金色の平たい大きな木箱が添えられていた。

街一番の店のチョコレエト店の品だ。

オレンジの皮の砂糖漬けにチョコレエトを掛けたものやら、紙のように薄い正方形の欠片やら、良質なバターのフィナンシェに濃いクーベルチュールを混ぜたものなど、女性にしては辛党なマーヤの好みを熟知した選択である。


ザレン爺からの詫びであった。


歳若い召使いは、こんな、おとぎばなしの場面かとみまごうような見たこともない大量のプレゼントの山に興奮し、

「お嬢様、いったい、この、ものすごいプレゼントを送ってきなさったのはどんなお金持ちの求婚者ですか?!?!…えっ、はあ?ザレン茶舗の、爺様からの頂き物ですと?!まさか!ご冗談ででございましょう、いくらランス国に10軒も20軒も紅茶店を持っている爺様だからって、そんな、何のために?…はあ?失礼があったことへのお詫び?…あーーーもう!とぼけるのは止めておくんなまし!!…で?で?本当のところはどうなんです、私にだけその王子様が誰なのかお教えくださいまし!!」

とマーヤにしつこく問いただした。

通いの使用人が帰った後、マーヤは、ストレートで頂くためにわざと薄く淹れた紅茶をたっぷり作って、チョコレエトの箱を開けていくつか皿に載せ、応接間のソファーに座って、ザレン爺の手紙を開いた。

高級な厚手の肌理が美しい真っ白の紙に深紅の蝋で封をされた手紙を開封すると

かすかに葉巻の香りが漂った。

ザレン爺の角ばった達筆で丁寧な詫び状が書いてある。


手紙には、

いくらなんでも調子に乗ってあまりに無礼なことをしてしまったことを深く謝りたい、という文言からはじまり、

貴女の純潔とはあんなことで汚れるものではないし、そもそも女の純潔とは一生何があっても汚れるものではないのだ、だから、自分自身を恥じることだけは止めて欲しい、とか、

万一この件でディミトリとこじれたなら必ず自分がやすやすと解決してやる、とか、

いくらでも罰は受けるから、そしてお前の気分が晴れるまではいつまでも待つから、どうか、どうか、いつかまた顔を見せに来て欲しい、

とか、そんなような内容が、つらつらと書いてあったのである。


(もう、何よこれ)

(さっきお会いしたときに、ザレン様が『もう手紙が届いたのか!?』とびっくりしたお顔だったのは、これの事だったのね)

マーヤは微笑ましくなって、家中ザレンからの薔薇だらけの、誰もいない部屋で、ザレン爺の文を読みながら、ちょっと呆れた顔で、柔らかく、くすくすと、笑った。

(本当にもう。ザレン様ったら、おいくつになっても本当に困ったお爺様だこと!)

(自分から、枯れた、枯れた、とわざわざ聞かれてもないくせに言い張りながら、そのくせ、社交界で女たらしで有名であった昔の癖がちっとも抜けてらっしゃらないんだから)

(だって)

(だって、こんなの、これじゃあ)

(これじゃあまるで、悪い、悪い、色男が、一度女をさんざん泣かせたあとで、ずうずうしくも『詫び状だ』と、うそぶきながら書く…)

(...もう一度、女を自分に惚れさせて、騙し落とす気まんまんで仕掛ける、物凄く、ずるい、ずるい... 恋文 そのままじゃないの…)



紅茶の帯

次回作↓ ディミトリ回


マーヤと爺のほんのりエロスな昔の話

マヨコンヌのくっだらない話





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