見出し画像

6-2 下 俺が本気になったらご迷惑ですか ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~


早朝にディミトリが突然やってきたため、マーヤとディミトリは、マーヤの広い自室の一角のテーブルで、お茶とマーヤが自分が朝食べるためにと昨晩からガラスの帽子を載せて置いてあった朝食を摂っていた。

ディミトリが食べ終わったころ、マーヤは華奢な小さな指をそろえてポットに添えて、紅茶を注ぎたしながら尋ねた。

「ところで、ディミトリ様...こんな朝早くいらして下さったのは、いえ、大歓迎ですけども、ひょっとして何かございましたの?」

ディミトリは2通の書状をマーヤに渡した。

「これを、見てほしかったんです。」

それは敗戦奴隷から、下級市民ではなく、一足飛びに普通市民になる事を認める書状と、ディミトリを正式な店長に命ずるザレン直筆の辞令だった。

「まずはせめてこの首輪さえなけりゃ、少しはマーヤ様にご迷惑が掛かりにくくなるかと思ったんだが...申し訳ない。今日から首輪も取れてマーヤ様の許に伺えるかなと思ってたんだが、誤算だった。猶予期間があるそうなんだ。だから普通市民としての認可は下りたが、まだ3か月は仮市民ってことで、3か月、この鉄の首輪は取れませんけれども」

「ええっ!?市民権の認可!?ええっ?!ど、どういうことですの!?昨日の今日で!」

「ご安心ください、一銭残らず全て俺の金です、金で普通市民権を買い取ったんです。ただこれでしばらく俺は一文無しですが…あの、よく見てくだせえ。下級市民権なんかじゃねえですよ?これは普通市民権ですよ」

ディミトリはすこし頬を染めて嬉しげにマーヤをじっと見つめた。

「ちょ、ちょっと待って?!なんでそんなお金が?!しかも下級市民権ではなく一足飛びに普通市民権って...それこそ莫大な金額でしょう?お家が1、2軒買えるくらいの…どういうことなのディミトリさん?」

「ふつうに俺が稼いだ金です。ザレン様は本店の店長と同じ額の給料を下僕の俺にまるごと払ってくれてましたから。そして、茶の仕入れやら、通関手続きやら、一店舗の店長を超えた仕事をする時には別で手当も弾んでくれていた。しかも衣食住は住み込みですから給料の使い道がねえ。それに休日は上級市民の家で植木屋のまねごとをして稼いでます。あとは…茶の仕入の時の経験をいかして、投機とかではなくて、これは絶対損だけはしねえぞ、って年だけ限定で、珈琲の生豆を買って高くなった時に売ったりしてるんで」

「な、な、なんてこと…!!そ、そうだとしても、だ、だったら!なぜ!今までわざわざ下級市民権すら取らずに、敗戦奴隷のままでいらしたの?」

「決まってるじゃあないですか…人間関係がめんどくさいからですよ。店長代理になった時ですら、相当大変だったですから、中々踏ん切りが付かなかったんです」

「え?!つまり、いつでも奴隷身分から解放されるお金があるのにあえて放置してらしたってこと?!」

「そう。そんな珍しい事じゃないんですよ。他の下僕身分の奴らにも、俺みたいに実際にはいつでも下級市民くらい取れるのに放置しているヤツはかなり居るんじゃないかなぁ。まあ普通市民権まで取れる金がありながらそれでも放置してる俺みたいなのは確かに珍しいとは思うけんども。...なぜって俺ぁ、上級市民のザレン様に買われた隷属物だが、一度だってザレン様は俺を隷属物扱いしないんだから実質上は何の不都合もねえ。奴隷っつうより家族かなんかみたいに可愛がって下さって頂いてるのは、見れば解るでしょう?俺に手を下すには有力者であり上級市民のザレン様の許可がいる。あのザレン様が、いまさら俺を殺したりするはずがあるか?もしくはそういう許可を誰かに気軽に出すことが、あるとおもうかね?てことは俺は敗戦奴隷だが、むしろザレン様の手厚い庇護の下に守られているも同然、下手な下級市民よりよっぽど安全な地位さ」

女主人と下僕6-2トラ

「な…!」

もちろん、ディミトリの人生には、首輪のせいで屈辱的な扱いを受けることも、理不尽な嫌なことも、たくさんあった。しかし細かい表面上のプライドにはいちいちこだわらない気質のディミトリにとっては、今となってはそんなもの、茶舗の面倒な客にやる商売上のクレーム処理とたいして変わりはしなかった。

ディミトリはマーヤのために「普通市民権」という大きな獲物を獲って来たのに、むしろだからこそ、恥ずかしそうに目を逸らして、はにかんでいた。そしてこれもいつものことだが、恥ずかしそうな顔をしている割には、厚い胸板を真っすぐに立てて背筋を伸ばし股を開き気味で椅子に座る様子は、馬に乗った立派な騎手兵のようにどこか堂々としていた。また、上級市民の豪華な館にもなんだかんだですぐ慣れて、臆せずかといって気張りもせず、平気で豪快に、洒落た皿に乗った朝飯に喰らいつく様子も、ただただ自然だった。

街の中心街で洒落た茶舗の店長代理などさせられているが、この男の根本は、要するに、ただひたすらに素朴な田舎者であり野人なのであった。

「どうせ市民になったところで、『元は敗戦奴隷』であることは一生ついて回りますでしょう?どうせ一生、世間のあらゆる人から、ぐだぐだと、後ろ指さされ続けるんだから、それなら下手に無理せず当分は敗戦奴隷のままこっそり小金でも貯めてた方がいいや、だって、いつかザレン様が寿命で天国に行きなさったら俺は一銭も払わなくても自動で下級市民だ、そうなってから、安く普通市民権を取得した方が安上がりだし、そんで、手堅く、ザレン茶舗とは関係ない自分の店でも開いちまえば、それなら自分の店だから、ザレン茶舗の中みたいにめんどくせえ人間関係でもめたりしませんし、それが一番いいかなぁーーと思ってた訳なんす」

「....!」

「だけど…俺はそういう生き方は昨日で止めにした。...貴女がいるから」

「ディミトリ様…!」

「...今日取ってきたのはまだ普通市民でしかないが...いずれ金を積み上げて上級市民権だってぶんどって来ます。仕事も本店の店長だけで終わるつもりはねえ。まだまだ稼ぎますぜ。…そりゃ、たとえどんなに成り上がったって、こんな男、『奴隷上がりの成金』と後ろ指を指され続けるのは解ってます。何をどうしたって俺はやはりマーヤ様の夫としてはあまりにも身分違いだし、一生、ご迷惑をかけるのは解ってるが...」

そう掠れた声で言ってディミトリは緊張した瞳でマーヤを見た。

「ご迷惑、ですか?…ですよね。こんな男に本気になられては、マーヤ様にとっちゃあ大迷惑もいいところだよな。解ってる。だが、俺は勝手に、もう決めたんだ。俺にチャンスを下さいって、言いましたよね…?」

(もしマーヤ様が、まさか、まさか、酔狂にも、「本気で俺と一緒になってもいい」と思って俺を口説いて下さったのなら、ここで素直に喜んで下さるはずだ。...もちろんそんなこと常識では決してありえないことだが...だが、マーヤ様はちょっとどうかしているほど身分に拘らない方だし純な性格の方だから...この数日仰った事を素直に受け取るとひょっとしたらひょっとしたら…!)

(反対に、もしマーヤ様が俺の事を「良家への輿入れ前の一時の男遊び」のつもりならおそらくここで困った顔で謝るはずだ。俺のことは好いてはいるが、結婚は無理よ、なんて優しく言い含めて来るかもしれねえ)

(さあ、マーヤ様、どっちだ。貴女はどう出るんだ)

これはディミトリにとっては賭けだった。

ここから先は

0字
【あまりにエゲツナイ一部部分】&【リアルにお役立ちな性テクニックの一部分】以外は🍒無料🍒ですよ!無料部分だけでも🍒十分🍒楽しめます💕

昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

この記事が気に入ったらチップで応援してみませんか?