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10-2 生意気な操り人形 (とジャパネットなスーツ) 小説「女主人と下僕」

前の話

もくじ

「マーヤをめぐっての一件」とはこれね

女主人と下僕 ツタ


ちょっと話が1日前に戻るが、実は、マーヤを巡っての一件のすぐ翌日にディミトリはザレン爺の書斎に行ったのだ。

緊張した表情のディミトリを見て、さすがのザレン爺もディミトリがどう出るかと身構えた。


だが。

葉巻を置いて、重厚なチークの大きな書斎机で目を光らせて次の出方を待つザレン爺を目の前にして、

果たしてディミトリはマーヤの話を敢えてひとことも話題にのぼせず、仕事の話を語り始めたのだ。

女主人と下僕 爺細

「ランス国に入ってくる上物のアラビカ豆を買い占めろ、だと?」


「いえ、大した量ではありませんよ。そもそも、まだまだランスには上質のアラビカ豆なんてほとんど入って来てません。全流通量も大したことない。珈琲豆のたかが1%かそこらです」

「自分の金ではないと思ってずうずうしい事を平気でいいよる」

「ザレン様の望みに沿ってるだけです。俺は今回の新店舗は一軒で十分のつもりだった。だが、ザレン様が、一軒なんて生ぬるい、ガツンと快進撃せよとおっしゃった。…やれと仰るなら今年矢継ぎ早に一気に3軒か5軒までなら当てる自信はあります。そもそも高級豆の流通量なんてないも同然だから3件が当たったら今年買い占めた豆なんて一年で片付きますよ」

「当たらなかったら?」

「それが、外したところで、たいしたリスクは無いんです。珈琲豆つうのは茶と違って、転売も可能だ。うっかりすると豆の転売で転売益が出るくらいだと俺は睨んでます。だから万が一、一軒目が絶望的に当たらなかったら、二軒目三件目の計画なんか引っ込めて、次策が思いつくまでは一時退却する事だって出来まさあ」

「若造があやふやな相場観をひけらかしてもわしゃ信用せん」

「これは相場感でもなんでもありません。生産量がごくごく限られてるのに、いまランス国だけでなくそこいら中の国で珈琲が流行りはじめた、生産国が苗木を植えて増産するには何年もタイムラグがある、だからこの数年の間は価格は上昇し続けるだろう、調子に乗って暴騰に踊らされなきゃいいだけだ。ただ残念ながら転売するどころか、買い占めた豆もすぐ使いきって慌てる事になるでしょう。ザレン様の大っ嫌いな珈琲はね、いま、この街の人々に本当に大人気なんですよ」

「くだらん。流行っていると言っても、それは、身分の低い若い男達の間でだけだろう?女性や、上流の品のいい紳士は珈琲なんぞ嗜まん」

「今の状況ならそうですね。珈琲にはまだまだ下賤向けの飲み物だとか、健康に悪そうだとか、悪いイメージがある。だが、だからこそいま俺たちがやる意味があるんでしょう?」

ザレン爺の眉がピクリとした。

「街で一番のこのザレン紅茶店が堂々と珈琲を売り出せば、一気に新しい需要が出来る」

ディミトリはザレン爺にすこし嘲笑的な視線を送りつつ続けた。

「ザレン様が今まで良質な紅茶を何十年も売って必死で築いた信用を、俺が掠め取って珈琲で稼いで差し上げます」

「不愉快千万だ」

「はは、だが、滅茶苦茶に稼ぎまくれと仰ったのはザレン様じゃぁないですか」

ディミトリは話を続けた。

「先日、取引所の珈琲豆の現物をひととおりチェックしてまいりました。買う豆のリストはこれです。何人かの架空名義を作りましょう。で、成り行き買いで毎日毎日買い続けます。今年のアラビカのいいのが8割方無くなるまで買い続けます」

「…一気に買った方が安いんじゃないか?」

「俺は相場師ではなく商人です。今回の仕入れの肝は、ザレン珈琲舗のための1年分の最高級豆の安全確実な確保です。益にこだわるより分散すべきです」

「若いくせに相場のギャンブル性に一切惹き込まれんとは、案外自制心がある」

ザレン爺は満足気に頷いて続けた。

「まぁそうだな。わしの名前でガツンと大量の成り行き買い注文なんか入れたら周り中にこれからやる目論見がバレバレだ。秘密裏に動いた方がいい」

「そうそう。もうひとつ。それと…俺の見た目を変える。『絶対怒らない害のないおだやかな敗戦奴隷』から『頭の切れそうな商売人』路線へとすこしずつすこしずつイメージチェンジです。街の人をなるべく驚かさないように、無用な反感を買わないように、段階を追って、ゆっくりゆっくりと変えていきたい」

ザレンの眉がピクリと動いた。

ディミトリは自分の今着ている、いつもの、灰白色の着古した麻の粗末なシャツをつまんで続けた。

「前々からザレン様が文句を仰っていたように、店では、この羊飼いみたいなぼろい服装も徐々に止めていきます。役人と、取引先への交渉は、どうしてもハッタリが、つまり、慇懃無礼なマナーとマトモな服装が、必要だ」

「気づくのが遅い」

「急遽、俺の身体に合った、きちんとした背広を4着仕立てて下さい。それなりに上品で高級な店で高い布地で…ああそうだ。ザレン様が服を仕立てている店で俺のもついでに作ってくれりゃぁいいよ」

「敗戦奴隷が、街一番の仕立て屋で新品の背広か。しかも4着も欲しいだと?すがすがしいほど図々しいな」

「ただしザレン様みたいな、そんなぱっと見にいい品と解るようなじじむさい気障ったらしい服じゃぁだめですよ?」

「ふふ、そのうえどこまでも無礼千万だ」

「つまり、飛び切りいい店で、あえて野暮ったいぐらいな、徹底的に地味な背広を作って欲しいんですよ。真面目な公務員が就職活動に使う服、みたいな。でも近づいてよくよくみると、おや?ずいぶんいい生地だし、ひょっとしてこいつ、いい服着てるのか?ってやっとわかるような、そんな雰囲気です。そういう服があれば…状況に応じて、一瞬で、野卑な奴隷から上流紳士まで…いろんな…『役』を『演じられる』でしょう?つまりあなたの求める『快進撃の成りあがり青年』の役柄をね」

「なんでいきなり4着なんだ」

「最低4着要るんですよ。まず2着は、休みの日にですね、そこの中庭の石畳の上で匍匐前進したりゴロゴロ転がったりして、『いもむしごろごろ』を施しまして、ちょっとだけ、ぼろく着古してから着るので」

「だったらわしのお下がりでいいだろう!」

「はは、だめです、だから、そんなのじゃ、俺の狙った雰囲気にはならないんですって」

「しかもその『いもむしごろごろ』とは何なんだ?」

「東方から伝わった洋服のダメージ加工の手法ですよ。そのへんの近所のこどもにいま流行ってるんでさぁ」

「・・・まあいい。費用はお前の給料から天引きかな」

ザレン爺は、金を出す気満々だったが、自分の喜悦の表情をディミトリに悟られるのがシャクなため、わざとディミトリを困らせるような駆け引きをするようなことを言ってディミトリの反応をうかがった。

「は?これは全部ザレン様のためにやってるんですよ?費用経費だ。…ああ、解った、俺にまたあれを言わせたくてわざと煽ってるんですね」

「なんのことかな」

「けちけちせずにたっぷり金をかけて最高のモノを用意して下せえ。そうして下されば、一瞬で100倍にも回収させて差し上げますぜ?」

ザレン爺は皺々の顔を崩して葉巻を舐るようにえげつない愉悦の舌なめずりをしながら微笑した。

「解った。用意する」



PS:スーツを作って下さいというくだりで『本物の”人たらし”だけが着る、飛び切り地味なスーツを用意してください、つまり、ジャパネットたかたの前社長が着てるようなガチの人たらしだけが着る戦略的にふつうな地味スーツです』って書きそうになったけど、あと題名を『10-2 ジャパネット★ディミトリ』って書きたかったけど、そのう、止しました。

次話

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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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