1-2 出入りの女商人、マーヤ ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~
ディミトリがはじめてマーヤに会ったのは数年前のことである。
ある日、使いの後、ディミトリが茶舗に戻ろうと店の前にきたちょうどその時、馬車が止まり、店の前に、黒髪の東洋系の少女が降り立った。彼女の出身国は、東洋一の大国、シーナの帝国の配下ではあるが、帝国の最西端のはずれの地の小国で、そこは東洋と西洋のはざまなので、厳密には完全なる東洋人ではなかったが、やはりそれでもこの西洋のランス国においては珍しい存在で、戦後ずっとランスに住んでいるディミトリの目には充分に異国的な稀人に見えた。
初夏の暑くなり始めた時期で、馬車が去った後、二の腕を出した袖無しの、白に近いごく薄いグレーの絹のブラウスと、膝小僧が隠れる丈の、ややふんわりとした薄い水色のスカートの後姿が見えた。
(年齢は15歳位かな)ディミトリは思った。
首が長くてバレリーナのような綺麗な姿勢の後姿だ。特に派手な印象ではないが、地味好みの金持ちがやりそうな、仕立てが良くてシンプルだが実は高価そうな服装。長い髪を片側に止せているのでうなじが見える。
(東洋からの稀人だ。子どもみたいな若い少女だ。身なりもいいし、どっかの相当位の高い貴婦人の召使いで、うちに高価な茶でも買いに来たのか。こんな珍しい東洋人の小間使いを所有してるんだから、すくなくとも結構な金持ちの家からの使いだろう。陶磁器カップに書いてある絵の通り、くねくねほっそりした華奢な身体に、本当に真っ黒の真っすぐな髪だなあ...!...ンッ?!)
ディミトリは少女の後姿、後ろからみた二の腕が、ふくらはぎが、見たこともないような艶々しいねっとりとした肌理で、太陽の光を浴びてきらきら光るのを見てハッとした。
その瞬間、その黒髪の少女の目の前で、茶舗の前を通り過ぎようとしていた物売りの婆さんの荷車から、濃赤黄色の西洋すももが2,3個ころりと転がった。
驚いたことにその身なりの良い少女は、しゃがんで婆さんのすももをていねいに拾ってやっていた。
金持ちの家の召使いの娘といえば、ツンと取り澄ました女が多く、なかなかそんな親切なことをする娘は少なかったので、ディミトリはちょっと好感をもった。婆さんと笑いあう少女の笑顔が見える。
(ちょっと垂れ目の真っ黒の瞳で、顔も優しそうだな、おでこが大きい。可愛い女の子じゃないか)
ちょうどすももがもう一つディミトリの足元に転がってきた。
大柄でいかつい上に恐ろしげな首輪までついているディミトリは、ただ黙って立っていると、自分がしょっちゅう女性に怖がられるのを自覚していた。
だから、出来るだけ怖く見えないように、目を合わせすぎないように、表情も出来るだけ怖くなさそうな笑顔に取り繕って、腰を気持ちかがめるようにして、すももをつかんで婆さんに渡してやりながら、少女に近づいて、出来るだけそっと柔らかい声で言った。
「茶舗に御用ですか、御使いの方ですね?私は今から店に戻る店の者です。茶舗をご案内しますよ?」
小娘の近くに寄って、彼女の正面に向き合うと、ディミトリはもう一度ドキッとした。というのは、この少女、顔はあどけないのに、厚みの薄い華奢な肩のすぐ下には、あざといほど大きな2つの双丘がこっちに向かってたゆんたゆんと、砲丸が突き出すように盛り上がっているのだ。それに近寄ってみると細い腰に反して、尻も大きくぶるんぶるんした肉感がある。そして、二の腕や、首元や、鎖骨のあたり、見れば見るほどねっとりとした光る肌。
(...それにしてもこの子、まだ少女…だよな?なのになんというか、ちょっと、その、まがまがしい発育ぶりじゃねえか…東洋人はたしかもっと細いんじゃ無かったっけか?)
「ありがとうございます、総支配人のザレン様はご在宅ですか?」
少女は高音の声質だが、落ち着いた雰囲気に見せたいのか、地声よりちょっと低い声で、まるで年増のマダムが喋るみたいに、大人っぽいわずかに掠れるような声で喋った。
(ん、この子。まだ少女のくせに、声までちょっと色っぽいぞ。末恐ろしいぜ)
「なんと言って取り次ぎましょう?貴女のご主人のお名前は?」
少女は一瞬、かすかに困ったような顔をしたが、微笑んだ。
「貿易商のマーヤ、東洋の香辛料や茶器や関係書物などを扱ってるマーヤが来たと仰って下さいませ」
(へえ!そのマーヤって女主人は、商人風情で、こんな東洋人の珍しい召使いを買って所有してんのか!稼いでるなあ!)
ディミトリは走っていって書斎のザレン爺に
「貿易商のマーヤさんの召使いの女の子がいらっしゃいました」
と取次ぎ、その少女を案内した。書斎に来たマーヤを一目見たザレン爺は、
「馬鹿もん!この方は召使いではない!本人だ!」
とディミトリを怒鳴りつけた。ディミトリはその少女が14、15歳の子どもではなく、21、22歳の大人の女であることと、そのうえ、一人で商売をしている自立した女であることにまたまたびっくりした。
そのマーヤという商人は、どうもシーナ帝国のはずれの小国から亡命してきた元貴族の女らしい。貴族の亡命者と言えば、ふつうならこの国の金持ちの係累を頼って身を寄せるものだが、語学ができたり香辛料に詳しかったりするのを生かして、一人で商売をはじめ、なんとなく生活できてしまっているという、珍しい、毛色の変わった女だった。
マーヤは帰り際に、売り場にいるディミトリに挨拶に来て、さっきのすももをひとつ手渡した。
やはり、ひんやりして、きめの細かい、しっとりと湿った白い手で、ディミトリはドキッとした。
「さっきはごめんなさいね」ほんのわずか、マーヤから、香料ではない甘い、若い女のにおいが香った気がする。
「...とッとんでもない!こちらこそ非礼をはたらきまして!」
「これ、さっきあのおばあさんから買い取ったの。ひとつあげる」
「えっ」
「傷がついたのばかり選んじゃったから、傷がついてるのしかなくてごめんなさい。でもきっと今日中にすぐ食べれば大丈夫ですわ」
(この人、婆さんを気遣って、わざと、傷がついた方を買い取ったのか)
ディミトリは、去ってゆくマーヤの後姿をじっとみつめたまま、たったいま渡された濃赤黄色の西洋すももにたわむれに唇を当てた。ひんやりすべすべしたすももから、ちょっとさっきのマーヤに似ているような、すももの甘いにおいがした。
これがふたりのなれそめである。
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マヨコンヌの官能小説『女主人と下僕』
昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…
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