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1-6 女主人はヨサックが解らない ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~


マーヤは不思議でならない。

(なんでああヨサックは最近、ディミトリさんにも私にも、あんなに突っかかるのだろう?確か、初めはそう酷い態度では無かったはずだ)

(ヨサックと初めて会ったときは、なにか吃驚するような感じで私をじっと見つめていただけで、たいして失礼でもなかったのに)

(むしろ初めは親切丁寧だったような)

ヨサックはこのザレン茶舗の取引先の息子である。色白で深いブルーの大きな目、金髪とまではいわないが明るめのブラウンの髪の、まあまあの美男子。若い娘の10人中8、9人はディミトリよりヨサックを美男子だと言うであろう。だがちょいと最近肥り気味。

要するに、いいところの、中途半端な不良のぼんぼんで、仕事をサボっては、ザレン茶舗の怠け者の従業員の数人とだべっている。

マーヤは知らないが、ザレン茶舗の中にいる数名の不良友達の中に、じつはヨサックの情婦もいるのだ。

マーヤはひたすらヨサックが理解できない。まだしもヨサックが、マーヤに告白して振られたと言うのならまだわかる。交際を断られて逆恨みで意地悪になる男たちは結構いるし、もし自分があべこべな立場ならば、理不尽ながら多少の気持ちもわかるしそれはまあ当然だろう。

しかし、べつにマーヤに恋をしている訳でもなさそうなのに、マーヤがディミトリと仲良くしていると、ヨサックが妙に突っかかって来るのだ。

(そうだ思い出したわ)

(はじめの頃、ヨサックは私にむしろ感じ良くて。何人かで一緒に食事でもしませんか、と言ってきて。私が丁寧に断ると、断った途端に、確か唐突に、ヨサックは私に思い切った表情で言ったのよ)

「あの、マーヤさん?マーヤさんは外国からいらした方でご存知ないかと思いますので、進言させて頂きますが、ディミトリはただの下僕ではなく、実はおぞましいゾーヤ国の敗戦奴隷なんです!あの首輪、見たでしょう?あれが証拠です!」

(そう言ってあの人は僅かに笑ったような妙な顔をしたわ)

(あの人といつもだべっている仲間達も少し離れてじっと私を見ていた)

(だから、心配させてはいけないと思って、わたくしは頑張ってヨサックさんを安心してもらおうとディミトリさんが良い人だって必死で伝えたわ)

「まぁヨサックさん、ご安心なさって。ディミトリさんんの首輪の刻印にはでかでかとゾーヤがどうとか彫りこまれてますもの、ひとめみた瞬間からゾーヤの敗戦奴隷だって解りますわ!...ええ、私もびっくりしました!ゾーヤ国の敗戦奴隷なんていったら、恐ろしい人も多いと聞きますのに、あの方といったら、本当に穏やかな立派な方で!実力だけでこのザレン茶舗本店の店長代理の仕事まで任せられてとても上手に切り回してらっしゃるそうで!ディミトリさんの、お客様への対応…上客でなくても分け隔てなく本当に優しく丁寧なことといったら!お人柄が滲むような接客...惚れ惚れいたしますわよねぇ!さすが街一番のお店にはすばらしい店員さんがいるものですわね!いろいろご苦労もなさったでしょうに…すばらしい方ですわ」

(あの人は変な顔をして去っていった。その頃からだ、少しずつ、ヨサックが意地悪になったのは。)

(…なにか失礼な事をしたのかしら?)

マーヤは割合と鈍い女であった。

マーヤに男同士の嫉妬というものが、男同士の闘いというものが、女同士の嫉妬どころではなく、どれほど鮮烈な、どれほど命がけの恐ろしいものであるのか、僅かにでも理解できるようになるのは、あと何十年も経ってからである。


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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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