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3-3 給仕、口笛を吹く ~小説「女主人と下僕」~敗戦奴隷に堕ちた若者の出世艶譚~


茶亭の給仕は遠くから、実際には音は出さず、口笛を吹くそぶりをしながら抱き合うふたりを眺めていた。

だが男の首にまがまがしい敗戦奴隷の黒鉄の首輪が付いており、しかも女の服装から考えてかなりの身分差であり、通りがかる道行く人がひとり、抱き合う二人に気づいてぎょっとしたのを一度確認した時点で、少し考えて、オープンカフェのひさしについている雨除けの布をそっと全部下し、外から茶亭の中が見えないようにした。

二人が気が付いた時には、ひさしから雨除けの布が下げられていて、店内はまるで休業状態のように薄暗く、二人の姿が見えないようになっていた。

「丁度、お客様はあなた方お二人だけでらっしゃったので...こうしておいた方がいろいろと後々面倒が起こらないかと思いまして」

マーヤは近づいてきた給仕に、会計の金に、相当額のチップを気前よく継ぎ足して、目を潤ませて何度も感謝の言葉を述べた。

「給仕さん。…すばらしい機転を利かせて下すって...本当に、本当にありがとうございました...。あの、図々しいのですが、もう一つお願いがあるのです。どうか、さっきのことはしばらくは誰にも言わないで下さいませ。…諸事情ありまして、時期が来るまでは...どうか黙っていて欲しいのですわ」

給仕はマーヤの目をじっと見て、

「かしこまりました。勿論そうするつもりでしたよ。お二人の仲が公に祝福される運びとなりましたら...目立つお二人ですから...きっとお噂が流れて来ましょう。その時までは決して誰にも言わずに1年でも10年でもいつまでも腹の底にしまっておきますよ。それと...これはいくらなんでも多過ぎです」

と言ってチップを半分返した。

実のところ、給仕はこの身分差の二人が結婚できるなんてひとかけらも思ってはいなかった。だがわざとそういう言い方をしてやったのだ。

(可哀想に。この可愛らしい若いご婦人は今は愚かな恋に夢中になって、ただひと時の間、恋に浮かされてこの男を恋人にして、そして時が過ぎたらこのご婦人はそれを一生の思い出に、まともな家に嫁ぐのだろう。それがこの世の理ってもんだ。だが、こんな、絶世の美男子どころか、こんな暑苦しい面のいかつい敗戦奴隷の首輪の男なんかを、こんな異国のお姫様みたいなのがあんなに積極的に口説くってのは、いま、この時は、もう本気も本気なんだろう。愚かだが、勇敢な女だ。この、道ならぬ恋は、ちょっと応援してやりたいな)

「ご婦人…ご多幸お祈りしますよ…そして、どうかどうかお気をつけて。いいですか、今後は決してこんな目立つ場所で口づけなどしてはなりませんよ?いらぬ噂を広げて御身に悪い評判がついては大変ですし、それに...そうなるときっと...あの殿方の身にも危険が及びますから...」

ディミトリは当惑したような顔で遠く離れて後ろに立っていたが、立ち去り際に、給仕を真剣な瞳でじっと見たあと、深く深く丁寧に黙礼し、給仕もそれにそっと目で返した。

ふたりが去ってから、金髪の給仕は(たいした女だぜ!)と言いたげな表情で、もらったチップを握りしめた拳で自分の胸のあたりをどん、と叩いて、それから今後は音を出してふつうに口笛を吹いた。

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昔々ロシアっぽい架空の国=ゾシア帝国の混血羊飼い少年=ディミトリは徴兵されすぐ敵の捕虜となりフランスっぽい架空の敵国=ランスで敗戦奴隷に堕…

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