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4-3 下僕、女主人にぎりぎり紳士な口づけを返す 小説【女主人と下僕】



マーヤは戸口にしょんぼりと、少女にしか見えない童顔の大きなおでこを俯かせて立っていた。マーヤはディミトリの腕か服を掴みたそうな様子で手を伸ばしたが、しかしディミトリの言いつけ通り、ディミトリに触らずに手は空中を泳いだだけでまた力なく伸ばした手を戻しただけだった。

マーヤは涙目でディミトリを見上げた。

「ディミトリ様、わたくし悲しいわ...こんななら馬に乗ってた時の方が良かった!...おうちの中では口づけひとつしてくださらないでお帰りになるのね」

「だから!そういうことは言わないでくださいって...」

ディミトリは玄関で少し考えてからテーブルの上からペンを一本持ってきてマーヤに渡した。

「じゃあ、最後に口づけして...良いですか」
「うれしい、けど、あの...これは...?」

ディミトリはマーヤにそのペンを逆手にしっかりと握りしめさせた。

「ちょっとでも痛いとか、嫌だ、無理って思ったら、あと俺が頭がおかしくなってきて一歩でも歩いてマーヤ様をとなりのソファーやら寝室やらに引きずって行きそうになったら、とにかく思いっきりそのペンで俺をぶっ刺して下さい、大声上げて下さい...冗談じゃなくて、俺、いま、ちょっと気が触れそうなんだ...」

「は?」

その瞬間、マーヤの目はディミトリの乾いた大きな掌でおおわれ、かがんできたディミトリの熱い息がかかり、頬と唇にそっと優しい触れるだけの口づけがなされた。

マーヤは失笑気味でその気弱な口づけを受けながら

(紳士なのは嬉しいけど...もう!何を大げさな!まるで自分の中に自分ではない獣でも飼ってるみたいに言うんだから!) 

とマーヤの方からそっと身体を押し付けようとするがかがんだディミトリに身体が届かない。

ディミトリはかがんでマーヤと空間を開けながらそのまま優しいキスを続けていたので、じれったくなってマーヤは

「ディミトリ様、お身体が全然届きません。もっとちゃんと抱きしめて下さいませ?」

とせがんだ。

「無理です」

ディミトリは妙に固い声で短く返した。

マーヤは馬上の時のようにディミトリの体温を感じながらゆっくり寄り添っていたかったので、家の中に入ったとたんにディミトリが何やらよそよそしくなって常に自分から離れていたのは酷く不満だった。  

「今日もやっぱり私には冷たいのね...ディミトリ様、やはり私なんぞでは、お嫌なのかな...」

それはマーヤがしょげかえって返事した瞬間だった。

ディミトリは突然獣の唸り声のような、吠える様な荒々しい溜息を吐いて、いきなりマーヤのぷるぷると柔らかい身体を抱き締めて自分の身体全体を押し付けてきた。

そして同時に分厚く太く堅い舌で滅茶苦茶にマーヤの甘い口内をかき回し始めた。

荒い息でマーヤのねっとりと滑らかな首筋から鎖骨、耳の穴の中まで思いっきり舐めまわして喰われるのではないかという勢いで甘噛みする。

ディミトリなりに気を遣って胸の膨らみこそ手で触る事はしないにせよ、鎖骨のすこし下まで噛みつき舐め回しながら口づけされて、首から鎖骨周辺までは全部唾液でべとべとにされるありさまで、思えばマーヤはそもそもこんな強烈な口づけなどはじめての体験であった。

一瞬口づけが止まったと思ったら、こんどは手こそ触れてはいないないものの、口づけしたまま自分の胸板で繰り返しマーヤのやわやわに柔らかいふわふわの乳房を胸板で嬲るようにどうもわざとこねくり回しているとしか思えない抱きしめ方で抱きしめる。

そのうちにディミトリはマーヤの首筋を歯形がつきそうな勢いで甘噛みしながらマーヤの腰にがっちり手を回したうえで全身を押し付けてきたのでマーヤは産まれて初めて自分の腹に熱を持った熱い杭のようなものが押し付けられているのに気づいてさすがに恐怖で叫び声を上げそうになったが、ここでひるんではディミトリが急に我に返って謝りながら帰ってしまうと思い、必死で耐えた。

ただ乳房にあまりに強くディミトリの胸板がぶつかってくるのだけはどうにも痛くてさすがに口づけの合間に小さく声を上げた。

「...ディミトリ様?ディミトリ様...ちょっとだけ痛いの...ね、あの、もう少し抱きしめる力を優しく...?」

ところがディミトリは何の返事もせず、ただ、獲物に襲い掛かってる野犬みたいな荒い息を吐くばかり、強く身体を押しつけたままひたすらマーヤの口内を、首を、喉を、責め立てるばかりである。

(どういう事?どうして私の声を無視なさるの...?)

しかも手で胸板を押し返そうにも全く歯が立たない。仕方なく言われたとおりにペンでディミトリを軽くツン、ツン、とつついてみるが返事がない。その瞬間あんまりにもディミトリがグイグイやるのでついマーヤも声を上げた。

「ッ!!!いっ!痛ッ!」

突然ディミトリが正気に返って撥ねるように一歩退いた。

「申し訳ありません!マーヤ様...い、痛がらせてしまったですか」

「ちょ、ちょっとだけ痛くて!もう…さっきから何度も痛いって申しておりますのに…無視してお返事してくれないなんてちょっと意地悪でありませんこと?」

「ごめんなさい!本当に申し訳ない!そうだったんですね...全く聞こえなかった...夢中で」

「えっ?何度も申しましたわよ」

「本当に申し訳ない...全く耳に入らなかったんです」

(....はっ?耳が...聞こえなくなっていた、ですって...?!人間に...そんなことがあるものなの...?)

にわかには信じられなかったが、この日マーヤは ”どうも男というのは情欲が高まると時々耳すら聞こえなくなるらしい” ということを産まれてはじめて知った。

「大丈夫よ?そんなに心配しないで?続きを」

「いや!ここで止めときます、まじで、訳が解んなくなりそうなんで...帰ります」

「そ、それはもう来てくださらないってこと...?」

「まさか!必ず参ります、いや、どうか、どうか、ぜひまた伺わせてください」

「あの、わたくしとしては、本当は帰らないで欲しいの...まだまだ日も明るいし...ね、もう一杯お茶でも飲みません?」

「...嬉しいです、次回はもっと長くお邪魔するつもりです...あの、数日もしないうちにもう一度伺います、またお伺いして良いですか?」

「ぜひ、ぜひいらして」

「いつなら」

「いつでも!いつでもいらして」

「…ありがとうございます…」

ディミトリは一度だけマーヤの両手をがっしり握り締めてそこに額を痛いほど強く押し付けた。

そして一歩離れて片膝をついてひざまずいた。

「…俺なんぞにこんな情けをかけて下さるなんて…貴女は俺の女神さまです」

「え、嬉しいけど、からかわないで、もう、なんてことを仰るの、とにかく顔をお上げになって…キャアッ!!」

マーヤがひざまずくディミトリに駆け寄った瞬間、ディミトリは獲物を喰らう獣のような勢いで両膝をついたままマーヤの下半身にガッチリ抱きついて、マーヤの腹に顔をぐりぐり押しつけて言った。

「…大切な…大切な方!…また伺います」

マーヤがポカンとしているうちに、ディミトリは直ぐ撥ね飛ぶように馬に飛び乗って早駆けで去っていった。

マーヤは顔を赤くした。

(女神様?なにそれ、はずかしいわ、もう、何をおおげさな。でも、そんなふうに仰ったという事は…わたくしに幻滅したからすぐ帰ってしまった訳ではないってこと…?つまり私は焦らないで、ただ待っていればいいのかしら…本当に…?)

(あっ!なんて事かしら!わたくしったらディミトリ様が立ち去るのを玄関から出て見送るのを忘れていたわ!)

自分のウッカリぶりに溜息を吐いて部屋の中に戻ろうとした瞬間、マーヤは自分の足がぎこちなくしか動かないことに気づいた。足がすくんで動かなくなっていたのだ。

頭では平気だと思っていたが、さっきのケダモノめいたディミトリの様子に、自分の身体はかなり怯えて吃驚していたと、マーヤはこの時になってやっと気づいた。



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