澁澤龍彦『フローラ逍遥』あらすじ・読み方・感想・レビュー(空想散歩を楽しめるだけでなく実は意中の人を口説くのにも役立つ本…?)
澁澤龍彦の温かい品性が大好きなんだ!
自作小説や思想体系を論じる澁澤龍彦よりも、
翻訳者や解説者としての澁澤龍彦が、好きだ。
つくづく素敵だな、素晴らしいなと思うのだが、澁澤龍彦は、自分とは異なる美学や考え方の相手を冷徹に分析し深く理解しつつも、しかし分析対象への尊敬や温かい優しさや気遣いをいつも見失わない。(例えば澁澤龍彦が書いた三島由紀夫の評論などを読むと鋭い視点に満ちているのにそこに優しい心遣いをめぐらせていることに心底から心打たれる。)
そういう気遣いを『生ぬるい』『真実を突き詰めてない』と考える人も居るだろうが、私は澁澤龍彦の、そういう、相手の醜い部分や、相手が見せたくないと思っている部分をあえて伏せたり、追い詰めないで庇ってあげる姿勢、しかしそれによって話を改竄する訳もなく、物事をあやふやにするわけでもなく、むしろ読者に『対象から抽出した、良きもの』だけを選び取りちゃんと目一杯引き出して皆んなを楽しませるやり方がすごく好きだ。
それを例えるなら…虚飾を一切交えず、ごくふつうのどこにでもいる新婚夫婦のありのままをさりげなく褒め称えるだけで、心からの祝福やら尊敬やらを、結婚式の全参列者から引き出してしまう、素晴らしく巧みなスーパー司会進行役、それが澁澤龍彦なのである。
これぞ翻訳者、『翻訳者の鑑』とは澁澤龍彦の事だと思うのである。
澁澤龍彦のとりとめのないエッセイが大好きなんだ!
そんな澁澤龍彦が、いつもの妖しくどぎついエロティシズム書籍の翻訳・評論を離れ、澁澤龍彦の素晴らしい博学をふんだんにあやつり、誰もが知っているような花を題材に、誰もが愉しめるような暖かいエッセイをさらりと書いたのがこの本だ。
するとどうなるか。
非常に、良いのである。
たしかに、あくまでも、これは、とりとめのないエッセイだ。
澁澤龍彦の途方もない博学な知識やら、洒落た都会の日常の一コマやら、海外旅行先での情景やらを、ランダムに散りばめ、誰でも知っている花について、澁澤龍彦がたまたま知ってることを思いつくままにただ語るだけ。
だが、それが、本当にいい。
薔薇やら向日葵やらという、どこででも見る『花』というモチーフに絡め、
澁澤龍彦は、はじめは、普通の人が知らないような古今東西の知識や唐代の漢詩のイメージに遊んでいたかと思えば、フランスやイタリアの小説の世界の話に移り、今度は幼少期の想い出へと、最後は銀座や六本木の華やいだ街の情景や、今日の自宅の庭先の情景に戻ってくる。
我々の見知った懐かしい花々のイメージに、澁澤龍彦が古今東西の文献から・珍しい海外旅行での出来事から・贅沢な洒落た都会の一コマから・そして澁澤龍彦晩年のささやかな日常から、澁澤龍彦がそれぞれすばらしいイメージを抽出しては、私達のイメージに付け加えて私達のイメージをより美しく彩ってくれるのだ。
まさに『フローラ逍遥』。
たった数ページの短いエッセイなのに、本の中を散歩、いや、家の中に居ながらして、本の中を時空を超えた小旅行しているようだ。
もしも、これがただ、ひたすら昔の文献の花の話だけされていたら『はあそうですか』としかならなかったかもしれない。
断片的でさりげないが、決して他の人にはまねできない、澁澤龍彦だけが紡げる、いろんな魅力的な素晴らしいイメージを、いにしえの古代から現在へ、ヨーロッパから身近な日本の日常へ、フィクションから現実へと、重奏的に重ね合わせることによって、独特なイメージが鮮烈かつ甘美にリアルに立ち上がって迫ってくる。
さらに、そしてそこに貴重な古書から見つけた銅版画などの極めて精彩な美しい西洋花図譜がほぼオールカラーで添えられている。
その選ばれた西洋花図譜には、ちょっとした薄気味悪さもある。いかがわしい妖しさ、不思議な、枯淡のエロティシズムさえ感じさせ、妖しいときめきを感じるのだが、そこには人間の裸体のようなあからさまなエロティックなモチーフは一切なく、あくまでもただの、遠い昔の花の静物画であり、誰かを不快にさせる要素はゼロである。
そしてたまに読者を面白がらせる、まさかの澁澤龍彦ユーモア。
澁澤龍彦にかかると現実の花に知性のイメージが添えられることで現実の花が急に美しく見えてくる、そしてあべこべに古代の文献の花はリアルに浮かび上がってくる。
すべてが絶妙な塩梅で、これぞエッセイの金字塔である。
完全ネタバレしない程度に紹介しとくんだ!
完全ネタバレにはならない程度に私が気に入ったエッセイのあらすじを挙げておく。
まずは
【梅】
寒い冬の日の寒気、匂い立つような梅の記憶を、鮮烈に思い出させてくれて、しかも澁澤龍彦が教えてくれた梅の東洋的な『洗練の魅力』が自分の記憶に付け加えられて、記憶の中の梅という花が、一段とずっと美しいものに感じられてくる。いい。
【チューリップ】
これも良かった。チューリップって、日本では幼稚園児御用達ですが、その昔、西洋ではもの凄い高級なエキゾチックな花で、いろんな人間の運命を狂わせた、ちょっと薄気味の悪い恐ろしいファムファタールのような植物なのです。宮沢賢治に出てくるチューリップの話を読んでも感じる気味の悪い魅力が図版とエッセイの両方から匂ってくる。
【薔薇】
どんな人が書いても限りなくダサくクサくなりがちな薔薇についてのエッセイなのに、なんと抑制のきいた巧みなエッセイか。古代の学術的な話の最後にふいっとちょっと現代の都会の華やかな場面に転換するのがまるでエッセイを読むことで脳内旅行しているような感じです。まさにフローラ逍遥。
【菊】
今回のエッセイの中では一番(微)下品なエッセイ、かな?でも西洋図譜の菊の花と日本画の菊の絵がとても美しいので許せてしまう。日本の貴族文化が最ももてはやした高貴な花を、江戸っ子庶民&澁澤先生が台無しにしておりますw
あと番外編としては
【椿】
こんな賢そうな澁澤龍彦サマがまさかのアホっぽい替え歌の宴会芸をかましてくれます。前に吉永小百合主演『天国の駅』のレビューついでに紹介しちゃった西田敏行の『与作シャンソン』を思い出しちゃったw 。澁澤龍彦先生的には黒歴史なのでしょうが、澁澤龍彦訳の、その、例の歌、メチャクチャ聴きたい。
いやいや。全部いい。どの話も、どの花も素敵。
ご自分の秋の読書の為に、チョコレートでも齧りながら、美しい花をめぐって脳内小旅行、半分弱のページがページいっぱいに拡がる精細美麗なカラー図版古書挿絵でありながら、なんと、持ち歩くにもピッタリな軽く薄いソフトカバーの文庫ですから携帯してカフェで読む事だって可能だ。
気分転換に、一冊、いかがですか。
おまけ◆なんと異性を口説くのにも超・使える本なんだ!
で、ここからは、いつもの摩詠子節に戻るのだが、実は、この本、まだ付き合ってない状態の異性を口説く際のちょっとしたプレゼントにもなかなか使えるツールなのである。
特に割と読書好きだったり、日常的に小難しい本を読むような『ちょっと知性派な異性』を落とすのに非常にお勧めだ。
あとゲイの方が、まだノンケかゲイかはっきりしない相手と妙にいいかんじの雰囲気になったら、そのお相手に軽くジャブを打つツールとしてピッタリかもしれない。(同様にちょっとマニアック性癖の方が、以下同文)
たとえば、リンツの板チョコとか、さりげないけどちょっと贅沢でお洒落感のあるお菓子なんかと一緒に、あくまで無造作にプレゼントするのとか、どうだろう?
きっとお相手は、澁澤龍彦という名前を見て、澁澤龍彦マルキドサドの一番有名な翻訳者&エロティシズムについていっぱい本出してる人の本だから
『えっ…?!えええっ…?!澁澤龍彦?!どういう事?!え?この人は私の事をどう思ってたの?!?!えっ?この人はどうゆう性癖の人なの?!?!案外エッチナ人なの?!ひょっとして微M?微S?』
のように、突然あなたを異性として意識し出すこと請け合いの本である。そして、中身を読んでも、この本が(98%は)エロティックでも何でもないただのオシャレエッセイなので、相手は『安心&肩透かし』を喰らうだろう。
だがその肩透かしな感じがいい。
(てか、これで贈った本が『家畜人ヤプー』や『マダム・エドワルダ』なら通報されますよ…それは恋人未満・友人以上には絶対贈っちゃダメ…いやいやいやいや、むしろ、嫁に贈るのすら、どうか、お止しになった方が…)
しかもこの『フローラ逍遥』は
・政治み、なし!
・思想性、なし!
・ページ数、少なし!
・文字数、少なし!(ウッカリ活字ムリな人だと気づかずに贈っても数ページ読めば1個位は読み終わるので、相手に熱意さえあれば、いちおう感想は述べられるはずなんだっ!)
・挿絵、全体の半分弱!
・お洒落度、極めて高し!
・非常に賢そうな印象!
なのである。(マルキドサドの翻訳者=)『澁澤龍彦』という著書名以外は、安全牌も安全牌なこれ以上無難な本は無いという無難な本である。
なのに『自分の知らないことをいろいろ知ってそうなエロの達人だけど、メチャクチャ知的で、しかも全くがっついてない感満載の、余裕ある大人』…なイメージ…つまり澁澤龍彦っぽいイメージをそんな本を贈った自分にうーーっすら纏わせることができる。
虎の威を借る狐ならぬ、龍彦の威を借るボクタチである。
そしてフローラ逍遥をプレゼントされた相手は、もし相手にもしもその気があれば、これをキッカケに、今まで親密な友人でしかなかったあなたを急激に異性として意識し始めたり急に距離を詰めてくること請け合いである。
そして残念ながら、その気無しだったとしても、これはあくまで軽くジャブを打つ程度の誘いなので、後で気まずくはならないはずだ。あなたがそれ以上無理にがっついてくるそぶりを見せなければではあるが、以前同様の友人状態はキープ出来るだろうw
私が大学生の女の子なら、大学のちょっと格好いい知的な先輩なんかに、唐突にこんなプレゼント貰ったら、メチャクチャにグラグラ来てしまう。
男性も、ガチガチにガード堅そうな真面目な司書のお姉さんとかから、唐突にこんなプレゼント貰ったら…男の人は『えっ?!澁澤龍彦?!え?!この子、え?お堅いように見えて?え?澁澤龍彦とか読んじゃう人だったんだ?!え?エッチナ話題とか完全拒否の人だと思ってたけど!?エ?アリな人?てか、俺に、ちょっと、気がある?え?それ?考えすぎ?』と急に異性としてメチャクチャ意識しちゃうと思うな。
あと、あと、付き合い始めたけど、友人としての時間が長すぎたため、恋人だと妙に照れちゃってギクシャクしちゃって互いにHモードに入りにくい、みたいな時にも、『えっ?澁澤龍彦???え?本当は…どういう人なの???』みたいな
ちょっといい『ドキッ』とした小さな『謎かけ』や『刺激』を与えてくれるのではなかろうか。
あっ、えーと、でも、お相手が、実は、真性のSM趣味の人でしかも空気読めない系のアホな奴で『ウッヒョオオオオオオ同好の士に遂に出会えたぜェェエ!!!!』とすっごい勘違いされた挙句に、唐突に、ろくに確かめもせずにメチャクチャ積極的になって来た場合は、えーと、当方は関知しませんどっとはらい。
・・ええっと・・・まぁ・・・ま、まずは、ご自分の秋の読書で脳内旅行を楽しむ為に、チョコレートでも齧りながら、一冊、いかがですか?
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