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或る夏の日の2時間

Facebookのノートから転載

 1970年式トヨタコロナ1700SLに乗り込むと、国道57号線東バイパスのディスカウントストア、ビッグウェイから1480円で入手したドライブグラブを座席横のボックスから取り出し、装着した。
 本皮巻ステアリングホィールの遊びを確かめると、チョークレバーを引き、イグニションキーを60度回転させた。松下電工製メンテナンスフリーバッテリーの初期大電流が、スターターを回し、透明キャップのレギュレータを介してトヨタ純正デンソーワイドU熱価16の4本のスパークプラグを点火させた。
 型式13R-B、排気量1709cc シングルオーバーヘッドカムシャフト、SUツインキャブレター、最大出力105PS/6700rpm、最大トルク16.7kgm/6500rpmのエンジンの感触を確かめるように2,3度アクセルペダルを踏みこんでみる。吹き上がりは快調だ。
 そのまま暖機運転に入る。エンジン回転数900rpmをキープしたまま、パイオニア製カセットデッキのスロットに、TDK製カセットテープC90のA面を上にして挿入する。ルパートホルムズのPartners in Crimeが流れる。

 水温計が適温に上がったのを確かめると、チョークレバーを戻し、三点式シートベルトを装着した。クラッチペダルを深く踏み込み、前進4段後進1段フロアシフトのレバーをいきなり2ndにぶち込む。ゆっくりと繋ぐと同時に、アクセルペダルを踏みこむ。ダッシュボード下のサイドブレーキを解除すると、13R-Bは咆哮し、横浜タイヤ製185/70HR13チューブレスラジアルタイヤを情け容赦なく駆動した。
乾燥重量1.1t、赤いボディーカラーに黒レザートップを配したコロナは生協横の玉砂利舗装の駐車場を滑り出し、ケンブリッジ大学校舎の煉瓦寸法を忠実に再現した旧制第五高等学校校舎、現文学部棟前の、通称サインカーブを抜け、加賀藩主、前田家上屋敷の御守殿門、即ち東京大学本郷キャンパスの赤門を模した煉瓦作りの門を出て左折し、国道57号線下り車線へと出た。

 国道57号線はこの付近では片側一車線の対面通行だ。昼はひっきりなしに車が通るが、夜はそれほどでもない。キャンパスの外れから少し先を右折して狭い坂道に入り、竜神橋を渡る。 住宅街を抜け、東バイパスに入る。一気に法定速度まで加速する。正しく安全運転がモットーだ。午前の東バイパスは、熊本の夏にしてはまだ快適だ。

 弓削で突き当たると再び57号線へ入る。豊肥線を左手に暫く巡行。大津バイパスへと右折する。郊外特有の大規模パチンコ店を脇に見ながら、ゆっくりとしたワインディングロードを進む。立野の火口瀬を抜け、緩斜面を登ると右手に阿蘇大橋が見える。ライダーの一団が擦違いざまに右手を上げて軽く会釈してくれる。
 数鹿流ヶ滝を過ぎ、坂を登り切るとやがて阿蘇中岳の火口に向かう有料道路の入口が右手に見える。交差点の手前左側にあるドライブイン幌馬車に車を停める。ウェスタンな作りのスイングドアを通り、席に着く。
 午前11時、ブランチの時間だ。アイスコーヒーとチキンバスケットを注文する。銅のカップにクラッシュアイスいっぱいのコーヒーはよく冷えて美味い。
 ここで40分程度過ごして帰途につくと、キャンパスを出てから往復2時間程度。

 '70s終わりの熊本、暑い夏。週に一度程度の贅沢だった。(2016年4月23日)

エピソードに嘘はありませんが、ある種のハードボイルド小説の作法を模倣し、あるいはパロディとして「盛って」います。

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