『野原』(ローベルト・ゼーターラー、浅井晶子:訳、新潮クレストブックス)の一節

それからほんの数週間で、母もあとを追った。中身がいっぱいに詰まった買い物籠を提げて家に帰る途中、突然立ち止まり、頭を後ろへそらすと、しばらくのあいだ、はるか彼方、雲ひとつない青空のどこか一点にじっと狙いを定めるかに見えたが、直後に歩道の真ん中で横にふらつき、倒れて死んだ。籠から四つ、赤い夏のリンゴが車道へと転がっていき、しばらくそこで陽光を受けて輝いていたが、そのうちひとつ、またひとつと帰宅途中の車に轢かれていった。
                              (p29)

美しくも、哀し、また残酷でもある一節_。

母の突然の死、かつ間際に青空を見上げる姿。「赤い夏のリンゴ」が四つ、通りに転がるその無軌道さは軽やかで自由に見えて、実は道の乙凸や風といったものに翻弄されているだけで、それは人の運命を想起させる。そして最期は無惨な姿に成り果てて・・・。

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