お試し期間
「大会が終わったら告白する」
そう言ったわたし
「へぇ!そうか、がんばって!」
そう言ったあなた
絶対わかってない、そう思って、念押しの一言
「大会が終わったら、あなたに告白するから」
そう言って、逃げるように電話を切った
ただの仲の良い女友達から、吐き捨てるようにそんなことを言われて
あの時、電話を切ったあとのあなたはどんな顔をして、どんな気持ちだったんだろう
今思い出しても、もっとかわいい言い方はできなかったのかと恥ずかしくなる
振られるのはわかっていた
だって、あなたには好きな子がいたから
かわいくて、明るくて、みんなの人気者で、優しいあの子
わたしと正反対
あの子を見つめるあなたを、わたしは見つめていた
「人の笑顔を作る料理人になりたい」
そうやって目を輝かせたあなたを見て、わたしはあなたの笑顔を作りたいと思った
最後の大会も、部活の引退も、受験も、そして卒業も迫っていた中学3年生の6月
このままじゃ何もかも中途半端になってしまうから、いっそ潔く振られて諦めよう
そして気持ちを切り替えてがんばろう
気まずいのは、卒業するまでの短い期間ですむし
そんな考えから出た言葉だった
大会が終わって、最初の登校日
廊下で見つけたあなたの姿、目が合った
いつもだったら「おはよー!」と駆け寄っていくけど、恥ずかしさが一気にこみあげてきて、逃げるように教室に入った
わたしがあなたを避け続けた3日目の夜、わたしの携帯が鳴った
ディスプレイに表示されたあなたの名前
いつもだったらすぐに出る嬉しい電話も、何度か深呼吸をしてやっと出ることができた
「もしもし」
「ひさしぶり、やっとはなせる」
「避けたこと、怒ってる?」
「いいや、怒ってないよ、怒るっていうより、ショックだったかな」
「ショック?」
「毎日話してたから、話せなくてさみしいと思った」
それを聞いたとき、ちゃんと伝えなきゃと思った
言い逃げのように伝えた気持ち、突然避けだしたひどい態度のわたし
そんなわたしと話せなくてさみしいと言ってくれるあなたを、これ以上困らせたくなかった
「ごめんね、いざとなると恥ずかしくなって、言えなかった。ちゃんと伝えるね」
ひとつ呼吸をして、震える喉を必死に抑えて言った
「わたしはあなたが好きです。わたしと付き合ってください」
呼吸が聞こえる、沈黙が長く感じる、傷つけないように言葉を選んでくれてるのかなと考えていたとき
「正直、電話を切られた直後は、断ろうと思っていた。なんて言えばいいんだろうって、考えてた」
あぁ、やっぱり、優しい人だ
「振られるのは分かってたから、直球で言っていいよ!」
覚悟をきめた
「でも、この3日間話せなくて、それがとてもさみしいと思った。辛いと思った。振ったら、もう今までのように話せなくなると思ったら、すごく嫌だと思った。好きかと聞かれたらきっとまだ違うんだろうけど、だから今は
なんて返事をしていいかが自分でもわからない」
思ってもなかったあなたの言葉
まだ、諦めなくてもいいのかな、それなら、みっともなくていいから、もがいてみよう
「じゃあ、わたしにチャンスをください。3ヶ月間でいいから、お試しで付き合ってくれませんか。
その間に気持ちが変わらなかったら、潔く諦めるし、友達でいられるようにがんばるから。友達にも誰にも内緒でいいから」
「本当にそれでいいの?気持ちは変わらないかもしれないのに」
「むしろ、3ヶ月も付き合ってもらえるなら嬉しいよ」
そうやって始まったわたしとあなたの、幼い恋
結局、3ヶ月間でわたしができたことは、たった1度のデートと、数回の電話だけだった
それでも、人生で1番、恋愛をがんばっていた時期だと思う
あれから13年の時間が流れた今
年齢と共に様々な変化があったけれど、わたしの隣には、あの頃と変わらないだいすきな人がいる
3ヶ月間のお試しの恋は、一生モノの愛になった
交際10年目の日に入籍し、今では結婚4年目を迎え、新婚と呼べる時期も終わってしまったが、仲の良さもきっとあの頃と変わらない
毎日大好きだよと伝え、手を繋いで歩き、くっついて眠る、そんな日々
一度だけ、聞いたことがある
「なんであの時、3ヶ月で別れようと思わなかったの?なにもできなかったのに」
彼の答えは
「こんなに自分のために頑張ってくれる人は他にいないと思ったし、大事にしたいと思ったんだよ」
なるほど
「今も大事にしたい気持ちは変わらない?」
「変わったよ、前よりもっと、大事にしなきゃと思ってる」
その言葉がたまらなく嬉しくて、思わずにやけたら、彼も笑っていて、ふたりで微笑みあった
”あなたの笑顔を作りたい”
幼いころに抱いたそんなわたしの願いは、これからもきっと続いていく