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【詩】家族
なぜ兵士になりたいと君はあのとき僕に告げたのか?
いろいろなことにまいっていた僕のところに君が来て
部屋の西の隅の、さらに向こうを見るような眼をして
口笛を吹くような気楽さで、「他になにもやりたいことがないから就職する
友だちと検討しあった結果、それはたぶん現実的な選択だと思う」と
僕に告げたとき、「そうか」とこたえながら、君のそぶりに微かなひっかかりを感じた
その後君の友人何人かと、その父親たちと話す機会があったときに
僕たち家族がその頃住んでいた地方都市の
旧式の工場(こうば)に君が就職するとはじめて知って
僕は驚くと同時にあの“ひっかかり”が何だったかが判った気がした
君は家族の生活のために、僕をカバーするために、
心の蟠(わだかま)りを体で漉(こ)す、修行のような仕事を選んだのだ そう思った
僕はすぐに君と二人きりになり、君を問い詰めた
なぜ自分のことを第一に考えずに、家族の生活を優先させる?
それは僕の背負うもので、君は君の道を自由に選べばいい。
君は眼に涙を浮かべて僕にこう告げた。
「今の家族でいたくない。僕はいっそのこと兵士になりたい。」
買ったばかりの君のスーツの襟をつかんでいた僕の手から力がぬけた。
家族の延命のために、と口では唱えながら
そのために負う傷と、刻まれる憤りがあまりに深く
心では継続を諦めていた、いやむしろ解体を僕自身がしむけていた
その家族はもう壊れていた。 気がついていなかったのは僕だけだった
茫然と立ったままでいた僕を残して 君は家を出た
そうだそれでいい と後を追うことをせずに僕は自分を納得させていた
君もやはり家族が壊れてきた時間のなかで自分ではどうしようもないものを
内に抱えて生きてきたのだ。
自由どころではなく、失望や諦めや無力感
そしていくら投げかけても受けとめられることのない愛
あれから二十年が経ち
家族の廃墟で僕は虚ろな棒として暮らしていて
時おり君のことを想い出す
闘いは止むことなく続き、むしろ社会はその炎でずっと煮られている。
死者のリストに君が数えられているのか
それとも生き続けて 自分の家族を持って父親になっているのか
君の現在を認識する器官は僕にはもうない
ただ君が僕に向けて発した最後の言葉が
僕の内側であれからずっと響いていることを
体腔を占める気体の不規則な揺れが気づかせてくれる時がある