【詩】タウン(街)2
毎日すれ違う人がぼくを見ても気づかない多忙の街に多くの生が息づいているはずだがその気配が感じられない。ここでもあそこでも。なにか、それはもう背負っていることも感じないほど同化してしまった生を押し殺す無機質な思考や、来歴をだれも語らなくなった生に貼りついてその最も敏感で本来生を奮い立たせる部分をはぎ取るような粘度の高い「時節」などがぼくらの目を盗んで、徐々に膨らむ球形のゴムが立方体の内壁に生を圧迫しているからにちがいない。
ぼくは古くぼろぼろになった住所録をたよりに何人かの知人を訪ねてみたがインターフォンが外されたあとに開いた真っ暗な穴からのげっ歯類の強い臭気に鼻がいかれたり、隣り合う電信柱の住所表示がたがいに擦れて読めなかったり、誰も足を踏み入れたことのないような沼地に行く手を阻まれたりで結局知人のだれにも会うことができなかった。
ほんとうにこの街はぼくがハイティーンのころから住み続けている街とおなじ街なのだろうか。ほんとうにわれわれのいま生きている生は、たとえば神話で聖獣や巨人の物語とともに語られた、あの輝くようなリズムを互いに感じながらまわりの自然をも鼓舞したあの生とおなじ生なのだろうか。妙に細長い顔をした唇ばかり大きい者たちが電波をとおして語る巨大機械の今日の機嫌を告げる声が響くなかを、無言であるきいそぐ群れが向かうさきはたかい城壁の入り口なのかそれとも深い円筒形の土器の縁の崖なのか。
ぼくは生をとりかえしたい。せめてぼくはさきにいった子どもたちの生と、狼の仔のようにともに育ったぼくの友の生と、誕生を知らずにぼくらがそこから去って見捨ててしまった生と、まだかたちのないこれから割れはじめる卵の生と。
そのためにぼくらは崖にあらわに湾曲した地層をよこに掘削してそこでひそかに鳴っている骨と鉱物の擦れる音に耳をすませ、白い布を版築の壁の横にひろげ身を投げて祈り、果てのない蒼空をそっくり映しとる平原の土を嘗め、はるか遠方からくる大きな嵐の運ぶ砂を噛み、ぼくらは立ち続けなければいけない。どこで? この地を開いた河の源で、いつまで? ここにはじめて棲んだ人たちがまた生まれくるまで。