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母の終活は難しい。

断捨離

家の中の断捨離を強行した。
昔の思い出の品。
景品でもらったグラス。
開封してそのまま押入れの奥底に眠っていた
引出物の食器。
ここ何十年も見ていない雛人形、
私が小さい頃に来ていた洋服。
全部、全部、押入れの奥底に眠っていた。
 
その全部を断捨離。
その量、軽トラック2台分。
 
「そうやってお母さんのことも捨てるのか」
そう泣かれたのはキツかった。
あれを捨てた、これを捨てた、と毎日喧嘩である。
それでも心を鬼にして。
使ってない、憶えてない、見たこともないは、
全て処分である。
キッチンとすべての部屋の壁紙も張り替えた。
 
そのかわり、新しい食器を二人分買う。
買って、古いものにはさよならする。
新しいものをプレゼントして、
古いものは「捨てるね」と言って
平和に処分できるようになった。
 
余計なもの亡くなって、家の中がスッキリしていくと
母との関係も少しずつ良好な兆しが見えてきた。
 

悠のこと


天国にいった悠は妹だけど、母が違う。
だから、母と悠は面識がない。
でも、悠のことは母にも話していて、
父にも「大変だったね。」と
母なりの優しさで声を掛けていた。
 
悠のことがきっかけで、父と父の家族とも近しくなり
もう一つの「家族」との距離感が近くなると、
不思議と、私と実の妹と母という家族の関係性も
とてもよくなっている気がする。
悠のおかげかな。

母との写真


悠のお別れ会の準備で、
何万枚もの写真や動画が発掘された。
世代なのか、
本当にたわいのない日常がたくさん残っていて、
それは案外愛おしくて、
日常を残すことはとても大事だなと思った。
 
私のスマホの中の写真は、
家族との写真よりも風景や仕事にまつわる写真が多い。
 
悠の写真を沢山眺めながら、
母の遺影はどれにするんだろう…と想像してみたが、
今のままなら、
このスマホの中から選ぶしかないだろう。

私は仕事の都合でプロに撮ってもらう機会があったから
使えそうなプロフィール写真があるけれど、
母には1枚もプロに撮ってもらった写真がない。
 
強行した断捨離。
悠の早逝。
ここから私の死生観が変わった。
私の心が変わることで、
母との関係性もとても良くなったと思っている。
 
今年、母は、80歳を迎える。
その時に記念写真を撮ろう。
「遺影」ではない写真。
妹や孫たち、愛犬ハルと一緒の写真を沢山撮ろう。
その”ついで”を装って、
母の、素敵な笑顔のEternalphoto を用意しよう。

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