食べられる草の説明をしただけなのよ。
これは、小夜ちゃんという女の子から聞いた話。
小夜ちゃんは、
昔から「草」とか「花」に興味があった。
それも、野草とか雑草の花。
ばーちゃんが畑や田んぼにいる時に
「ほれ、これはセリ。今日は胡麻和えや」
とか
「これはノビルや。酢味噌がええな」
とか
血が出たらフツ(ヨモギ)を揉んで
付けときんしゃい。
蚊に刺されたらドクダミや。
とか。
そのへんにただ生えている草が
食べられるとか血を止めるとか、
色んなことを教えてもらった。
小夜ちゃんは、ばーちゃんと過ごす
時間が大好きだった。
そんな小夜ちゃん。
大人になるにつれて
もう草とか花とか
あんまり興味がなくなって
酒とか合コンとかカラオケとか
そっちの楽しさを覚えてしまって
ばーちゃんの田んぼや畑に行くことも
裸足で庭に出ることも
そのへんの草を食べることも
しなくなっていった。
大人になった小夜ちゃんは毎晩、
都会で酒ばっかり飲んでいたけれど
何度目かの合コンで
奇跡的にすてきな男性と巡り合って
ある日、海が見える公園でデートを
することになった。
小夜ちゃんは頑張って早く起きて
カツサンドと玉子焼きを
たくさんこしらえた。
甘いソースの中にも辛子の効いたカツサンドと
だしの効いた塩味の玉子焼き。
彼がカツサンドが食べたいと言ったから。
玉子焼きも大好物だと言ったから。
海が見える大きな公園。
小夜ちゃんは久しぶりに
自然の中に立って
「あぁ、気持ちがいい。
自然ってこんなに癒されるんだったっけ」
忘れていた感覚を取り戻したような気がして
久しぶりに大きく息を吸った。
展望台にのぼって遠くを見たり、
芝生でゴロンゴロンしたり。
キャッキャウフフとはしゃぐ二人。
さて、そろそろお腹もすいたよね、
お弁当食べよう!
ベンチに座ってカツサンドと
玉子焼きを広げる小夜ちゃん。
おいしそうな顔をして
あむぅと一口、カツサンドを
頬張る彼。
その瞬間彼は言った。
「ナニコレー!ツンってするー--!!」
あ、辛子、ダメだったのね。
気を取り直して玉子焼きをあむぅとする彼。
「ナニコレー!しょっっぺー!!」
あ、甘い玉子焼きが好きなのね。
だいたいそのあたりから
二人のデートに暗雲が立ち込めてきた。
食が進まない彼。
あぁ、どうしよう。
公園内の売店で何か買おうかしら?
「何か買う?」と小夜ちゃん。
「我慢して食べる」と彼。
小夜ちゃんはちょっと腹が立った。
我慢ってなんや、我慢ってよ、オイ!
言い方ってもんがあるだろうがっ!!
まぁいい、残りは私が全部食べればいいのよ。
そう思った小夜ちゃんは
大急ぎで辛子の効いたカツサンドと
しょっぱい玉子焼きを
ガツガツと全速力で食べてしまった。
お腹いっぱいだヨ・・・
彼は
「小夜ちゃんはよく食べるね」と
無邪気に言った。
そして、
「あっちに言ったら砂浜に降りられる
みたいだから行こう!」
と、のんきに言っている。
まぁいいや。
砂浜に向かって歩いている途中、
そこはもう公園内みたいに綺麗に
管理されていなかったから
ツワブキとかハマダイコンとか
ヨモギとかギシギシとか
昔、小夜ちゃんが大好物だった
「食べられる草」がたくさんあった。
嬉しくなった小夜ちゃんは
彼に、ひとつひとつ
「これはね、ごま油といりこで
炊くとおいしいよ」とか、
「これはね、皮を剥いて食べるんだけど
・・・クスクス。すっぱいんだよ」とか、
いちいち草の名前とか食べ方とか
彼に説明したんだけれど、
彼は、
「小夜ちゃん、まだ何か食べたいの?」
と言っただけだった。
小夜ちゃんは恥ずかしくなったけれど
なんかもう、モウレツに腹が立ち
「なんや、カツサンドも玉子焼きも
食べれんくせによぉ、オィ」
と、心の中で毒づいた。
「エへへ、興味ないよね。ごめん」
そこから二人に会話はほとんどなく
しばらく砂浜に座って海を見ていたけれど。
「もう、帰ろうか」
ふたりで合わせたかのように
そう言い合って、砂浜を後にした。
彼は途中、コンビニに寄って
ソフトクリームを食べていた。
小夜ちゃんも食べる?って聞かれたけど
「わたしぃ、甘いものぉ、キライ
なんだよねぇ・・・」と
明後日の方向を向いて答えた。
小夜ちゃんにとっての小さな抵抗だった。
そんなふたりがうまくいくはずもなく。
ただ、カツサンドと玉子焼きを作り
「食べられる草を説明しただけ」の
小夜ちゃんは、
後日
「オレたち、なんか合わないよね」と
あっけなくフラれてしまったのだが、
先に「合わない」と彼に言われた小夜ちゃんは
え?待って。ワタシ、フラれたの??
どうにも腑に落ちないまま
数日間を過ごすことになったのだった。
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