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Kendrick Lamar 「squabble up」のビデオを解き明かす その1
コンプトン出身のラッパーは、2024年No.1ラップと言っても過言ではないアルバム『GNX』をリリース。『GNX』は、彼の故郷ロサンゼルスへのオマージュを込めたプロダクションとリリカルなテーマが詰まった作品である。
『GNX』の楽曲はどれも強烈だが、我々ファンの脳裏に最も大きく刻まれたのは、「Not Like Us」のビデオの冒頭で仄めかされていた「squabble up」だろう。
アルバムの2曲目「squabble up」は、Gファンク、ハイフィー、フリースタイルを融合した楽曲である。この曲のタイトルは同名のダンス、またはLAのスラングで「喧嘩」を意味している。
CALMATICが監督した「squabble up」のミュージックビデオは、ブラックカルチャーを描いた作品である。この映像では、The Rootsの「The Next Movement」のMVセットが再現されており、今年初めにクエストラブ(Questlove)が語ったケンドリックとドレイクの確執に関するコメントへのオマージュではないかと推測されている。
実際クエストラブはinstagramにてこう言及している。
I once joked I live a life in which someone knows Jordan JUST for the Hanes commercials only—this isn’t a “woe is me” post btw….I own that I (was) the king of hiding in plain sight for decades & we live the reality we set for ourselves.
僕はかつて、ジョーダンのことをHanesのCMでしか知らないような、そんな人生を送っている、と冗談を言ったことがある。ちなみに、これは悲しい話ではない。長年、目立たずに生きることが得意だった自分を受け入れているし、自分たちで決めた現実を生きている。
HOWEVER lol.
でもね。
My number one love is the music I create in @TheRoots —that is the fuel to my fire & sometimes if you love something you must set it free. Then if it returns to you it’s real. That said I wanna thank @kendricklamar for acknowledging something I thought noone saw or cared about. Feeling seen is a great feeling and I dont take it for granted.
私の一番の愛は、The Rootsで創り出す音楽だ。それが私の情熱の源である。そして、時には何かを本当に愛しているなら、それを手放してみるべきだ、ということもある。それが戻ってくるなら、それは本物である。
とはいえ、誰にも気づかれず、気にかけていないことを認めてくれたKendrick lamarには感謝したい。見られている、認められているという感覚は素晴らしいもので、それを当たり前だとは思わない。
と、The Rootsとして長年作品をリリースしていないことを踏まえつつ、Kendrick が自分たちの貢献を認め、誰にも見てもらえなかったことに光を当ててくれたと感謝している。
さらに、Kendrickは過去にも “The Heart, Part 2"においてThe Rootsの “A Peace of Light” をサンプリングしている。彼がまぎれもないファンであることは明らかだ。
ケンドリックはこれまでのキャリアを通じて、ブラックアートやメディア、ファッションへの感謝をたびたび表現してきた。彼の作品はブラックカルチャーの影響力を称え、その魅力を広める役割を果たしている。
「squabble up」は、西海岸に根付くブラック・ヒスパニックカルチャーすべてを祝う、ケンドリックの新たな挑戦とも言える作品である。このMVには、これらのコミュニティの歴史や魅力がたくさん詰まっており、ケンドリックの作品ならではの「すべてに深い意味がある」スタイルが強く感じられる。
ここでは、MVの随所に散りばめられた仕掛けを解き明かし、印象的なものをいくつか紹介する。
フリーウェイ標識と16番
フリーウェイ(いわゆるアメリカの高速道路)の標識と、少年が見える。この標識は、ウィルミントンとロングビーチの中央にある105フリーウェイの出口標識である。ロングビーチは、長年売春婦が多く在住していた地域であり、Section.80の一曲Keisha's Song (Her Pain)でKendrickが描写した場所でもある。
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少年が来ている黒いシャツには、16という数字が赤い文字で書かれている。この16という数字は、ケンドリックのドレイクへのディス・トラック「6:16 in LA」を表しているのか、あるいはケンドリックが16歳で自身初のミックステープをリリースしたことを表しているのか、様々なことが考えられる。
だが、GNXの「wacced out murals」の一節で
I done lost plenty friends, sixteen to be specific.
たくさんの友人を失った、16人だ。
とある。16を背負った少年がシャンデリアに触れ、「God knows…」のフレーズで曲が始まる。つまり、16は失った友人を追悼しているのであろう。さらに、シャンデリアはこのビデオにおいて高尚なものであり、死を超えた何かである。
このビデオにおいてシャンデリアは多くの場面で意図的に用いられている。
ビーナス&セリーナ・ウィリアムズ姉妹へのオマージュ
ビデオ冒頭で印象的だったのは、テニススカートを履いた女性によるダンスだろう。
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彼女はコンプトンのダンスクルー'divas'の一員であるNiYahで、この衣装はコンプトンで育ったテニス史上屈指のプレーヤーであるビーナス&セリーナ・ウィリアムズを模しているものだろう。
また彼女のダンスは、ロサンゼルス南部発祥のストリートダンスであるクランピングと呼ばれる。全身を大きく使ったアグレッシブでパワフルな動きが特徴である。クランピングは「Not Like Us」のビデオでも取り上げられた。
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また、2012年のオリンピックでセリーナ・ウィリアムズがクランピングを披露した瞬間をも思い起こさせる。
この動きは、一部の批評家には不適切と捉えられたが、世界的に名高いテニスの舞台で自らのルーツを堂々と表現したセリーナの行動は、スポーツ、文化、そしてブラックネス(黒人としてのアイデンティティ)が交差する地点における喜びと反抗の象徴的な行為であった。
Debbie DebによるWhen I Hear Musicをサンプリングした音声と共に次のシーケンスに移る。
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このシーケンスでは多くのことが起こっているが一つづつ噛み砕いていく。
Hoover Stomp
右端では男たちがリズミカルに足を踏み鳴らすダンスを披露している。これは、1930年代初頭のアメリカで発展したジャズダンスの一種であるHoover Stomp(フーバーストンプ)である。この名前は、当時のアメリカ大統領ハーバート・フーバー(Herbert Hoover)にちなんで付けられたと言われているが、当時の経済状況に対する皮肉や批判が含まれている。
Kendrickとこのダンスは無縁ではなく、以下の動画のオマージュとも考えられる。
ScHoolboy QのWhateva U Wantにノリながらフーバーストンプをする二人。
SmaccとKendrickの関係については今回はあまり触れないでおこう。
RJMrLA&G Pericoと金時計
Kendrickの背後の二人と、壁のゴールド時計に着目する。
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ストライプの服を着用し、特徴的なステップを踏む男性はLA出身のラッパーRJMrLAである。近年はTy Dolla $ignやRoddy RicchなどLAの著名ラッパーとのコラボレーションが注目されている。
壁によりかかっている男性は、こちらもLA出身のラッパーG Pericoである。
二人はKendrick主催のパーティ'Pop out'にも出演、今後のコラボレーションが期待される。
壁のゴールド時計は、ケンドリックとは長い付き合いのある西海岸のラッパー E-40 の 2 枚目のスタジオアルバム『In a Major Way』のジャケットのオマージュだろう。
レッドグループギャング
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左端には3人の男性がいて、目にはセンサーバーが付いている。彼らはレッドグループの代表だと思う。このビデオはケンドリックの故郷へのオマージュでもある。ケンドリックは育った場所の周りで、親しい友人や家族の絆のあるギャングなので、このビデオでは匿名でも登場している。