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短編小説「エメラルドの憂鬱」

※以前に趣味で執筆していた短編小説です。元々はお題にそった短編小説なので、原題は「みどり」という作品になります。
※「アラウンドザワールド」のクロスストーリーです。

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「わ、ミドリくんの髪の毛の色が緑になってる。どしたの」

「黒染め失敗してまさにこの色」
「どうせやっすいヘアカラー使ったんでしょ」
「慌てて手にとったのがこれなんだよ」
「てっきりお菓子職人じゃなくて別の道に行くのかと思っちゃったよ」
「今更あるかよ。明日の休みのうちに染め直さねーとオーナーに殺されるわー」

久々に会った幼馴染は、失敗した俺の黒染めをケタケタと笑う。
小さいころから変わらないその声にどこか安心しながらも、顔を見ればまた前より綺麗になっている気がして少し戸惑った。

幼馴染というこの立場。

だからこそ、少しでも俺を見てもらえるために早く一人前になりたいと強く願う。


【 エメラルドの憂鬱 】


「はい、カルビとうちゃーく」
「わーい、カルビカルビ。じゃ、焼っきまぁーす!」

脂の乗った肉がテーブルに届くと、楽しそうにカノンはトングで肉を焼き始めた。
網に肉が乗った瞬間、ジュワーッと脂の弾ける音がする。
安さがウリの焼き肉店でも、肉は肉だ。やがてきた香ばしい匂いに二人して「おぉ~久々!これぞ焼き肉って感じだ!」と感動した。

しばらくして肉をひっくり返しながらカノンは近況報告をしはじめた。
最近作ったスイーツがお客さんに好評だったとか、今度は野菜を使ったスイーツにしてみたいとか、チェーン店のドーナツがたまに無性に食べたくなるとか、話題のスイーツを食べに行ったらスイーツは良いのにコーヒーは大した事なくてガッカリしたとか。
繰り出される情報量に毎回感心してしまうほどだ。

幼馴染のカノンは俺と同じくパティシエをしている。
いや、俺の方はパティシエでもショコラ専門に近いかも。
カノンは俺の働いているパティスリー『キャリーノ』の娘だ。
けれどそこでパティシエをしているわけじゃない。
都心の繁華街にある女性限定ダイニングバーでスイーツを担当している。
ちなみに『キャリーノ』の後釜はカノンの兄と決まっているから、本人はこの先戻るつもりはないらしい。

カノンと俺は小学校の頃からの付き合いで、俺はカノンの親父……オーナーの作る洋菓子が昔から大好きだった。
だからキャリーノの子が同級生で、しかも同じクラスになった時……どうしてか俺は正直むちゃくちゃ嫉妬した。何にも悪くないカノンによく意地悪をしてしまうほど。
まぁ、結局遊んでいるうちにカノンと仲良くなったけれど。

というのも遊んでいる時にカノンから、カタチの崩れた売りに出せないカヌレを貰ったのがきっかけだった。
つまりは胃袋を買収されてしまったわけだ。
今思えばあれは絶対にカノンを可愛がるオーナーの差し金だったんだと思う。

……もしかしてそれでオーナーは未だに俺には厳しいのかもしれない……
いやいや、そんなはずはない。弟子はみんな平等に怒鳴られているはず。
ってことで、単純なガキだった俺は「なんて良い奴なんだ!」と感動しきり、それからずっとこの“何でも知ってて何でも話せる”幼馴染関係は続いている。

カノンは肉をひっくり返しながら、さもさりげないように聞いてきた。

「あのさ、ドウモトさんって最近元気してる?彼女できたっぽい?」

はい、きました。いつものドウモトさんの情報提供。さっきまでの「近況報告」はたんなる序章ってやつだ。
俺は半分呆れてため息をつきながら言った。

「お前さ、そんなにドウモトさん気になんならこまめに実家に顔出せばいいのに。それか手伝うかさ。むしろそういう話自体、あの人あんましないから分かんねーよ。自分で聞けばいいじゃん。昔から知ってんだから」
「そんなのダメダメ!実家なんか目の上のタンコブがいるんだから顔合わせるの何かやだし!……それに、何か今更過ぎてドウモトさんと話すの恥ずかしいからムリ!」
「で、実家の兄貴が怖くてドウモトさんとは恥ずかしくて、結局俺をスパイにしてるってことか」
「ちょっとそれは人聞き悪くない?しょうがないじゃん」
「だったらドウモトさんに自分から話しにいけよ」
「だってぇ~」

ドウモトさんはキャリーノでの一番弟子で、俺にとっては兄弟子になる。といっても大先輩だけど。
年齢はいくつだ?ひと回りまではいかないが結構年上。細身で背が高く寡黙で、いかにも職人といった雰囲気だ。

切れ長の涼しげな目元に訥々とした喋りのドウモトさんは、いつも奥で黙々と作っているからこそカウンターにたまに現れると「ラッキー」だとして女性客にも密かに人気がある。
「いつも奥にチラッと見えるんだけどたま~にカウンターに出てくる、背の高い職人さんで何だかカッコイイ人いるよね」って。

カノンのお兄さんでさえドウモトさんには頭が上がらないのに、俺なんかがドウモトさんの恋愛事情を聞けるわけがない。
っていうか、子供の頃からドウモトさんのことを知っていて可愛がられてるんだから、今更も何もないだろうが。

俺達が子供の頃、黙々と作業をする愛想のないバイトのお兄さんだった彼も、今では大事な主戦力。
なんなら自分の店を持ってもおかしくないはずなのに、オーナーのことをよっぽど慕っているからか独立する気はないらしい。
かといってカノンの兄を差し置いてキャリーノを継ぎたいというわけではないのだから、純粋にオーナーについていきたいが為にキャリーノに尽くしているんだと思う。
いずれ自分の店を持ちたいと思っている俺からしたら、ドウモトさんはかなりの変わり者だ。

しかしそんなドウモトさんがカノンには「武士道」のごとく渋い男に映るらしい。
それでいて寡黙でハンサムな容姿だから幼いころから憧れないわけがない。
だからバレンタインだって小学生の時も中学生の時も高校生の時も、カノンはドウモトさん一筋だ。
もちろんドウモトさんだって気付いていないわけがないだろう。

しかし敬愛するオーナーの末の娘に立場上平然と手を出すつもりも気持ちもなく、子供扱いは相変わらずだ。
それが分かっているからこそ、カノンはガッカリして大げさにため息をついた。

「あーあ。ミドリ君の報告期待してたのに」
「俺はスパイじゃねっつの。自分でこまめに顔を出して確認したほうが、女子として印象良いと思いまーす」

尤もな俺の意見に、肉を次々と焼くカノンは口をとがらせてふてくされた。
トングをカチカチ鳴らせて抗議したってお行儀悪いですよー。 

ショートヘアからのぞく首元は細く、短めのネックレスの金の鎖が照明に反射して綺麗だった。飾りはそれだけで、服もラフな格好なのにカノンはじゅうぶんに可愛い。

ドウモトさんがどう思っているかなんか知らないけど、脈すらも分からない相手にばっかり夢中で、他の視線にはまったく気がつかないなんてカノンは本当に大馬鹿なんじゃないかと思う時がある。

そしてそれを分かっていながら、カノンのことをずっと好きな俺はさらに上を行く大馬鹿に違いない。

「そういや女性限定のダイニングバーだっけ?働いて3ヶ月くらいたったろ。どうよ」

進展のない話をしても意味がないので、食べながら今の新しい職場の話題に変えると、カノンはあっさりとそれを受け入れて目を輝かせた。

「すっごく楽しいよ!まぁ仕事量は前のホテルのほうが格段だけど、新しいお店だからこそ自分のやりたいスイーツが作れてやりがいがあって楽しいの。職場の人もすごく優しいし頼もしいお姉さま二人だしね。

シェフのヨーコさんは狩猟免許も持っててジビエ料理すっごく美味しいし、バーテンダーのリカさんの手際は本当によくて性格もカッコいいし。宝石みたいに綺麗な色のお酒作れるのなんてすごいって思っちゃう!多分、前の職場から出なかったら知らなかったことばかりだよ」

「まぁお前元々ケーキ屋の娘だから、むしろ製菓学校行かなくても済むレベルだもんな」
「そんなことはないよ。ホテルはホテルですごく勉強になることばかりだったけどね。……後悔はしてないけど……もしかして勿体ない選択したのかもとはたまーに思うことはあるけどね。でももういいの」
「誰だって日本屈指の一流ホテル辞めたら思うだろ。おまけにお前そこトップの出来で入ったんだし」
「そんなの関係ないよ。みんな同じくらいお菓子作り上手だったし」
「飴細工の日本コンクール入賞者がよく言うよ。あー、まじ勿体ねぇ」
「だから、後悔はしてませんー」

カノンはベーッと舌を出した。俺はそれに対抗するかのようにわざと口をイーッとし返すと、カノンはツボに入ったのかまたケタケタと笑った。

カノンが前の職場であるホテルの製菓部門を退職した理由は、そこらじゅうに転がっているようなよくある話。
細かい事は言わないから本当の事は知らないけれ、知り合いのツテから聞くにいじめがあったらしい。
それもいい大人がすることじゃないような、わりと壮絶な類の。

彼女の家柄、性格と見た目、センスと才能。
どれか一つでもそういった的にはなりえるものではあったけれど、最悪な事にどれもこれも嫉妬の標的には最適で、彼女が実績を作るたびにエスカレートしていったそうだ。
しまいには冷凍庫に閉じ込められ、簡単には出られないようにされていた。
たまたま別の部門で働くスタッフから発見された頃には低体温で倒れており危なかったらしい。救急搬送されたのをきっかけに退職したそうだ。


ちょうどその頃は、カノンも俺も忙しすぎて全然連絡を取ってない時だった。

ある日の仕事あがりにオーナーから「カノンが実家に帰ってきた。ちょっと顔見ていけ」と唐突に言われた。
何の事情も知らなかったもんだから「あ、帰ってきたんすね。あれ?ホテル勤務って聞いてたけど有給すか?」的に言った気がする。
オーナーは少し黙ってから、「いや、辞めてきたそうだ。しばらく家にいるようだから、色々と話を聞いてやってくれ。お疲れ」と言い残してアッサリと去った。

その様子に俺の頭の中は「?」がいっぱいだったのだけれど、実際にカノンに会ったら「やっほ~!久しぶり!ちょっと忙しすぎて辞めちゃったんだよね!」と相変わらずニコニコしていたから、本当に何にも気付かなかったんだ。

知り合いに久々に会ったついでに、ふと退職の経緯が気になって真相を聞いたのは、そのずっと後だった。
ちなみに一番の首謀者は、今では部門の2番手を任されているそうだ。



俺達は追加できた肉を次々焼いてはひたすら食べた。
カノンとの焼き肉のたびに思うけど、肉を美味しそうに食べる女の子って良いよなぁ……。

お互い住んでいるところもそう遠くないし、業界も一緒だからこうして時間が合えば飯くらい食べるけど、多分それができるのもお互い恋人がいないフリーだからだ。
……ドウモトさんでなくてもカノンに男ができたらもうこんな時間はないんだろうなと思う。それに遠い場所に引っ越す場合も。
だからといってここで性急に関係を変えたいわけではなかった。

もちろんカノンと付き合いたい下心はあるけど、きっと今のタイミングじゃお互い何となく気まずくてしょうがない気がする。
……これだからヘタレって周りの奴らには言われるんだけどさ。

情けなさに自嘲しそうになっていたら、カノンは急に何か重大な事を思い出したようにした。

「そういうミドリくんはさ、海外行くの?パパから聞いたよ。ミドリくんにそういう話出てるって」
「え?あ、うん。そう。行くよ。……なんだ、オーナーとはしっかり連絡とってんじゃん。」
「だってそりゃあ親子だもん。ねえ、ひどいよ。なんで私に言ってくんなかったの」
「ひどいって……ただの幼馴染なのに?」

わざと冷たく言うと、カノンは箸を置いて姿勢を正してから不満げに俺を見た。煙の向こうからでも分かるほどに、瞳は少し怒っていた。

久々に見るそんな様子に、俺は内心「まずったな」と思い息を飲む。
カノンは息を吸うなり、まくしたてた。

「幼馴染だからじゃん!そりゃあミドリ君は元々ショコラを専門にやりたいってのは知ってたけど、私はそれをミドリ君の口から先に聞きたかった!」
「ほら、肉。焦げるから食えよ」
「話しすりかえないの」
「すりかえてねーって。今日言うつもりだったんだよ。っても行くのは3ヶ月後くらいだからまだまだ先だし」

実際、今日呼び出したのはサプライズ発表するつもりだった。
けれどその前にオーナーがネタばらししてたとは思わなかったので俺の方が拍子抜けだ。

おかげでカノンはちょっと不機嫌だし、俺の気持ちにも気付いていないし、どう考えたって俺の方が可哀想なんですけど。

追加の肉がとうとう皿の上にも網の上にもなくなってしまった。
けれど新たに注文できる雰囲気じゃなく、俺はしょうがなく火力をオフにする。
火が消えたテーブルは熱気がすぐにおさまり、自分たちが静かになったぶん他のテーブルが賑やかに聞こえる。
焼き肉屋なのに肉も焼かず注文もせず、俺達は黙ったまま向かい合っていて何だか変な感じだ。
俺は深呼吸をすると、カノンに今回の話をちゃんとすることにした。

「ってわけで、俺は海外修行してきます。前から気になってたオーガニックショコラの店になんとか入れる事になりました。詳細はオーナーから後で嫌ってほど聞けると思います。むしろ今回の修行の件もオーナーが窓口になってくれたし。……就労ビザ更新できれば3年くらいはフランスにいたいとこ」

カノンは何か言いたげだったけど結局なにも言わなかったから俺もそれ以上喋らなかった。
カノンの顔を見づらくなった俺は白々しくメニューを開いた。
するとしばらくして、黙ったままのカノンがポツリと漏らした。

「なんか……さみしいね」

カノンを見ると、本当に寂しそうに俯いていた。
そのしおらしい姿を目に捉えた途端、俺は何を思ったか言うつもりもない言葉を口にしていた。

「じゃ、付き合う?」
「はぁ!!??」
「知ってる?二人きりで焼肉つつき合う男女は、ヤッているって説」
「え、ちょ……何言ってんの」
「どうする?」 
「どうって……え……?」
「その説、カノンはどう思う?」

メニュー表からちらりと冷たい視線をカノンに投げる。

今のは、前に男友達と焼き肉食っていた時にメンバーの誰かが言っていたことだ。
その時は周りにはカップルがたまたま多かったから、突然一人が言いだした見解に、バカな俺らは「たしかにそんな気する!!」と酒も入ったテンションでくだらなくゲラゲラ笑ったんだった。
実際付き合っていなかろうが、別に相手に抵抗を感じていなければの話で、そのバロメーターを計れるのが焼き肉かもしれないとソイツが言っていたのを思い出した。

試すようにして見れば、カノンは眉間にしわを寄せて目を点にした何とも言えない表情でフリーズしている。
突然の俺の言い出しに焦っていて頭が混乱しているのか、何も言葉がつげないようだ。口をぱくぱくさせて、実に不自由そうだ。
しかし俺はその様子を意外とも思わなかった。長年のカンで何となーく頭で想像していたとおりのリアクションだったものだから。
とうとう笑いをこらえきれなくなってふきだした。

「ぷっ……」
「なによ」
「あははははは!お前なんつー顔してんだよ!すげー困った顔すんなよ!」
「え!!??」
「真顔で困ってるとか……ぶははっ!!!」
「はぁ~!?冗談言わないでよね!もう!」

ますます焦った表情のカノンがテンパりすぎててそっちのほうが面白くなる。笑いだしたら止まらなく、俺はメニュー表を閉じてゲラゲラ笑った。

「ジョーダンに決まってんじゃん!てかお前、もしこれがドウモトさんでも絶対固まってあのリアクションだろ。うーわー。こりゃどう考えても脈なしだわ」
「うるさい!ミドリ君が帰ってくる頃には名字がドウモトになってるかもしれないし!」
「ないない!ないね!どんな展開だよ」
「0%じゃないもん!」
「俺がイイ男になってる確率の方が絶対高いって」
「ちょーっと海外行ったくらいでイイ男に簡単になれんなら海外旅行者は皆イケメンだし!」
「いや、イイ男っぷり上げてカノンのことぎゃふんと言わせてやるよ」
「で、帰って来てお金貯めて出店してモテモテなショコラティエデビューってやつですか」
「もう店の名前も決めてるし」
「え、どんなの」
「教えねーよ」
「どうせ名字のミドリカワにちなんだ名前にするんでしょ」
「…………」
「図星か!」
「まぁ、叶ったら知るわけだし別にいいだろ。ほら、ハラミ・タン塩・カルビ・ロース何食うんだ」
「うーん、じゃタン塩!」
「却下。ハラミとロースだな」
「まだタン食べられないの!?いいよ、私が全部食べるし」
「何かそれ不公平じゃん」
「食べられない人が悪いんです―。注文お願いしまーす!」

カノンはやけっぱちのように店員を呼んだ。
注文を済ますと、ひとしきり笑ってやっと落ち着いた俺に、カノンは鼻を鳴らすようにして宣言した。

「ミドリ君が帰ってきたら、私もイイ女になってやるんだから」
「はいはい。それまで脈なしドウモトさんにアタック頑張んな」
「だーかーらー!」

いつもどおりの昔からの幼馴染の会話。その中で俺がどれだけジリジリしてるかなんてカノンはまったく気付いてない。
大体、今の俺で立ち向かうにはドウモトさんの足元にも及ばなさすぎる。
実力もないし、夢は動かなければただの戯言で終わってしまう。

何もないのに、もしその時がきたらカノンが良ければ手伝ってほしい、なんてのもカッコ悪過ぎて今から言えやしない。
ましてや今から考えてる名前だって「 émeraude 」だし。
つまりは俺の名字の色にかけた「エメラルド」のフランス読み。

だけど、本当はそれだけじゃないんだ。
5月生まれの誰かさんの誕生石。

修行先もオーガニックショコラを取り入れてる店だから、とびきり美味いショコラと、宝石をイメージするようなフルーツを組み合わせた一粒を作りたい。
大事な人のお祝いの為に喜んで贈りたくなるような、そんな「特別」を自分の力で作りたい。

その根底には、男の癖にバレンタインチョコを作って初めてカノンにあげた時、びっくりしながらも美味しそうにしてくれた笑顔がずっと心にあるからだろう。
……今思うと中学生の思春期でよく渡せたなと思うかぎりだけれど。

カノンにはしばらく男ができなさそうな気がするという、実に曖昧な長年のカンだけを味方に、まずは武者修行に励んでからが本番だ。
まぁ、イイ男になってやるってどんだけ我ながらハードル上げるんだって話しだけどさ。

それでも、ほんとのほんとにイイ男になって、技術も自信もつけて自分の気持ちをカノンに誠実に伝える事ができたなら――……
そんな希望ある未来を心でそっと望むのは自由だろ?

「お待たせいたしました!ご注文のタン塩・ハラミ・ロースになります!」
「はぁーい!ありがとうございまーす!」

大学生のバイトが持ってきた皿を受け取りながら、カノンは上機嫌に微笑んだ。
……おいおい。バイトくん、君、お客様の事ガン見しすぎ。

いや、長年のカン。ホントに頼むよ?



( 飄々とした若手君の作るショコラも、当店の隠れた売れ筋商品の一つなんですよ。 )