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短編小説「雷、放課後、雨のち晴れ」

※以前に趣味で執筆していた短編小説です。元々はお題にそった短編小説なので、原題は「かみなり」という作品になります。

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初めて、雷の日って悪くない、そう思えた出会いだった。


【 雷、放課後、雨のち晴れ 】 



薄暗闇の空が唸ったと思ったら、目を射しそうなくらいの閃光が雲を割って轟音と共に落ちてきた。
ピシャーン!バキバキ!と、突然の光と音に、
「ひゃぁああぁぁあああ!!?」 
私は素っ頓狂な声を上げて教室前の廊下で固まってしまった。 

窓の外を見ると、さっきまでの薄い灰色を何回も暗く黒く塗ったようなどす黒い色した空が広がっている。天気はこんなにも早いスピードで急転するものなんだと驚いた。
お昼のときはあんなにお天気が良くて、風も気持ちがよかったのに信じられない。

たしかに天気予報では夕立がくるかもしれないって、お天気お姉さんが言ってたから一応折り畳み傘を持って学校に来たけれど……雷までは聞いてない。
これじゃあ危ないし怖くて帰れない。 

そもそも、臨時で各部活の部長を集めた部長会なんかやるからいけないんだ。
そもそもデートだからって部長が後輩の私に、今日突然仕事を押し付けるからいけないんだ。 
部長会をやっている間に、青かった空はこんなにも悲しい色に変わってしまった。
会議が終わった直後はまだ雷音がしてなかったし、雨が本降りになる前に早く帰らなきゃって思って昇降口に立ったところで、最悪にも忘れ物に気がついて教室に引き返したとこであんな轟音!! 

あぁ、いやだなぁ。

そんな気持ちで教室の中を見たら、暗がりに人影が見えたもんだから「ひいっ!!」と女子らしからぬ声を上げてしまった。 

「だ、誰……?」 

恐る恐る聞いてみると、暗がりの人物はどうやら笑っている様子。私は怖くなって電気をつけた。 
そこにいるのは誰かと思ったら、2年になって同じクラスになったサイキ君だった。 

サイキ君はあんまり学校に来なくて、ちょっと、とっつきづらい人物だ。
なのでそんなに会話をしたこともない男子だったけど、笑われてるのには何だか腹が立った。するとサイキ君が私に聞いてきた。

「いつもそんなに面白い声だすの?オカダさんって」

私はその言葉に益々ムッとして、早く用事を済ませて帰ろうと思った。 

「サイキ君には関係ないじゃん。ていうかそれで笑うのって失礼だと思うけど」 

キツい返しをして自分の席に行き、忘れたファイルとノートを引き出しから鞄へと乱暴にしまった。 

「もう帰るの?」
「そうだよ」 
「まだ雷鳴ってるから危ないよ。雨も強くなってきたみたいだし」
「サイキ君こそ何やってんの。帰ればいいじゃん」 
「俺は学校が好きだから」 
「学校にあんまり来ないのに?」 
「人がいない教室が好きなの。とくにこういう日」
「変わってるね……」 
「たまに言われる」

まるで自嘲するかのように笑ったサイキ君はどこか寂しげで、どことなく大人びた印象だった。 

外ではゴロゴロ雷が鳴ってる。たしかに、空はどす黒い灰色で、ところどころ光ってる。雨もさっきより強くなってて、今焦って帰っても良い事がないような気がする。
今の季節は通り雨とかが多いから、落ち着くまで教室で待ってたほうが賢い。 

「ねぇ、電気消してくんない?」

ポツリとサイキ君が言ったのが不思議で「どうして?」と思わず聞くと 
「こういう天気の日は暗いほうが落ち着くんだよね。それに俺んち、雷なると電気消す習慣あるからさ」と答えた彼は、少しだけ懐かしそうに微笑んで窓の外を見たので、私はしぶしぶ教室の電気を消した。 

光が落ちた教室は仄暗いような、だけど外の明かりでうす明るいような変な感じだった。
私は何となく自分の席について彼とおんなじように窓の外を見てみたけど、何が面白いのかもわからないし、ただ静かだなと思っただけだった。 

「ねぇ、サイキ君はなんであんま学校来ないの?」 

無神経かなと思ったけど、何となく気になっていたことだったから訊かずにはいられなかった。
サイキ君はまた穏やかに笑って「えーとね、」とゆっくり言葉を捜すようにして、ぽつりと返してきた。 

「オカダさんは病気したことない?それも大病」
「え?」 

突然の言葉でおどろいた。びょうき? 

「俺、本当はみんなより、2歳もオニーサンになっちゃってんだよね」

初めて知るその事に、言葉が最初出なかった。だけどそれで黙ってしまうと彼に悪いような気がしてしまって慌てて返す。

「そうだったの……?でも1年の時から名簿あったんじゃ……」 
「うん。オカダさんたちが1年生になったときに復学したんだもん」
「初めて知った……」 
「そりゃそうだよ。だって俺も初めて言ったもん。この学年の人に。まぁ、知ってる奴も何人かいるけどあんまり話さないし、俺がよく話すのは前の3年の弟とかだし」

結局、私は何て返したらいいかも分からなさすぎて、サイキ君が話すままの事を聞くことにした。

「……突然、血の病気になっちゃって治療に時間かかっちゃって。それ自体も運が良いほうだから文句は言えないんだけどね。だからあんまり学校来れないのはまだ本調子じゃないのと病院通ってるから」

……そうだったんだ。 
純粋に知りたかった事だったけど、いざこういう事情を知ってしまうと、軽い気持ちで聞いてしまった事を申し訳ないと思ってしまった。 
ゴロゴロと唸るような空の音を聞いて、なんだか悲しくなってまう。
だけど、サイキ君はそんな私のことが手に取るように分かるのか、軽い口調で言う。

「あ、ヤバイこと聞いたとか思ってるでしょ」
「え」 
「だって顔に出てるし」
「……ごめん」 
「いいって。謝ることじゃないし。それに考えてみれば普通の事だと俺思ってるしさ」
「普通?」 

サイキ君は椅子ごと私のほうに向けて、対話するような体勢になった。 

「入院生活長いとさ色々考える事が多くて、入院してるとこには色んな病気の人がいて、たくさん闘ってて
……だけど学校には色んな奴が元気にたくさん過ごしてて、何の違いがあるかっていうとさ「病気」っていうたった一つのことなんだよね。 

……でもそれでさ、相手に遠慮とかってするのって、何か違うんだよ。
ただその一つが違うだけで、他は違うとこはないんじゃないかってさ。
元気なやつだって風邪ひいたり病気にもなるんだし、そこで区切られちゃうとなんか悲しいんだよね。 

だからみんなには言わないようにしてんだけど、俺も学校来れないし、放課後くらいしか顔だせないから中々みんなと仲良くなるの、難しくてさ」

「どうして放課後に来るの?」 
「休んでる分の課題届けに来てんだよね。いいかげん、俺も高校くらいは卒業したいし。2年もダブってるし」

穏やかに笑う理由は、たくさんの考え事や想いが彼にたくさん詰まってて、それを思うと自分がものすごくちっぽけで不甲斐無く思えてくる。
それに当たり前だけど、自分が体験した事ではないから、彼の寂しさにうまく寄り添えないもどかしさに泣きたくなってしまう。 

教室が少し明るくなった。雲が薄くなってきて、気がつけば音は遠くなっていた。 

「雨、やんだよ。そろそろ帰ったほうがいいんじゃない?」
「……だめだよ。そういうとこ」 
「え?」

私は席を立ってサイキ君の前まで歩いていき、腕をグイッと引っ張って彼を立たせた。サイキ君はすごくびっくりした顔をしてる。
……こうして向かい合わせになると、けっこう背が高いんだなって思った。 

「サイキ君、一緒に帰ろう」 

思いきって言った言葉に、胸は緊張してバクバクしていた。

「サイキ君はさ、きっと明日とか明後日、いつ学校で会えるかわかんないけど、私と顔をあわせた時に、絶対何もなかったようなふりをするつもりでしょ。……そんなのって、さびしすぎるよ……」 

涙がじんわりと滲んで、鼻がツンと痛くなって、顔が熱くなる。 
私なんかが涙するなんてお門違いなのは分かってる。だけれど、サイキ君は本当は叫ぶみたいに寂しいのに穏やかにしてて、彼がずっと持っているであろう寂しさを思うとたちまち胸が千切れそうに切なくなった。
私だったら、そんなの抱えていたら寂しくて悲しくて、こんな風に落ち着いた笑顔で生きていけないんじゃないかって思った。 
精神的に全然子供かもしれないけれど、一人で佇むことなんて絶対に耐えられない。

うまく言葉にできなくて、彼の手をギュッと握ることしかできない。けれど今の私はそうすることしか思い浮かばなかった。 

「だから、一緒帰ろう」 

涙が、ぽとり、と落ちた。 彼の手をギュウギュウに握る。サイキ君の手は私よりも大きくて、思ったよりもひんやりしてた。
男の子で、ただでさえ大きいのに、私よりも2年分大きいものだと思うと不思議だった。 

涙をほとほと落としていると、サイキ君は、私の頭をポンと撫でた。見上げたら、当たり前だけれどサイキ君は困ったように笑っていて

「わかった。だからさ、泣き止んでよ」
と、ただただ優しく言った。

外を見ればもう日が射しはじめていて、すごく神秘的だった。 
雷の日でも、悪くないかもしれない。だってこんなにも人と仲良くなってしまえたから。 

「もしかしたら、オカダさんがこの学年で初めて、仲良く口聞いてくれた人かも」

彼の背後にうつる雲は光で灰色から金色へと変わり、逆光の中で映るサイキ君はさっきまでの穏やかな笑顔じゃなくて、今度は本当に元気そうに、まるで子供みたいな嬉しそうな笑顔をしていた。
初めに感じていた彼との距離はすっかりどこにもなくて、逆に気持ちがほんのり温かくなっているなんて不思議な感じだと思った。

雷雲は遠くへ流れて行き、西日が教室をオレンジに染め上げる。私は涙をふいて、彼へと笑いかけた。


「もう泣き止んだよ……一緒に帰ろう」 


( ふたりだけしか知らない、始まりのおはなし )