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イチローズモルトに見るウイスキーブームの浮き沈み《後編》

■前回からの続きです

「イチローズモルト」のベンチャーウイスキー社の創業者の肥土伊知郎さんは、2003年に、家業の東亜酒造が生産した原酒=400樽の処分を通達され、ピンチに陥ります。

ウチがオタクを買収してあげるけど、
その400樽のウイスキー樽は要らないし、
邪魔だから処分してね(捨てて来てね)。

その時に、その原酒樽を預かってくれたのが福島県の笹の川酒造で、肥土さんは「埼玉県→福島県」を、トラックに20往復して原酒を守った、というのが前回のお話です。

つまり、新しいオーナーにとって、2003年時点の400樽のウイスキー原酒の「価値はゼロ」。
実際は、廃棄コストがかかりますから、むしろ「マイナス資産」という評価です。


■新旧・羽生蒸溜所(~2000年/2021年~)

羽生蒸溜所は、新しい東亜酒造のオーナーのもとで再建されて、2021年にウイスキー製造を再開しています。
JWIC-ジャパニーズウイスキーインフォメーションセンター

ただ今回は、肥土家が経営に関与していた時代の羽生蒸溜所(2000年生産中止)が生産していた原酒を取り上げてお話をしていますので、その点はご注意ください。


■《本題》羽生蒸溜所の原酒の価値:2019年

イチローズモルトのウイスキーは、今やカルト的な人気となっているアイテムも多いです。
その中でも特に有名なのが、「カードシリーズ」で、トランプのカードに見立てたラインナップで発売されました。

2005年から順次発売となり、2014年にジョーカー2品が発売となり、全54本セットです。

カードシリーズについても、以前に記事にしています。
原酒的にもマーケティング的にも秀逸! イチローズモルトのカードシリーズ!!|チャーリー / ウイスキー日記 (note.com)

こちらの「イチローズモルト カードシリーズ 54本セット」ですが、2019年に香港にオークションに出されました。

その落札価格がなんと

約9750万円!(719万2000香港ドル)

ウイスキー54本が、約1億円の値を付けたのです!!


■イチローズモルト カードシリーズは・・・

カードシリーズの商品スペックとしては、旧・羽生蒸溜所で蒸溜された原酒を、シングルカスクのカスク・ストレングス(=樽出し原酒のまま)で、瓶詰めされた商品が多いです。

ということは、この2019年に1億円の値をつけた54本セットは、2003年に新しいオーナー会社から

「処分して来い(捨てて来い)」

と言われた原酒そのものなんです!

この事実、かなりビックリしますよね。


■少し細かく計算して見ると

マニアックに細かく計算してみたいと思います。

◇イチローズモルト カードシリーズ54本セット
(全アイテムが、シングルカスクのカスクストレングスと仮定すると)
 700ml瓶 × 54本 = 37.8L

◇一般的バレル樽
  200L

◇シミュレーション

▼カードシリーズ 54本セットの全アイテムが、
 シングルカスクのカスクストレングスと仮定
 カードシリーズ54本セット
 = 37.8L = 0.19樽 → 1億円

▼カードシリーズ 54本セットの全アイテムが、
 20年熟成で、エンジェルズシェア=年間3%と仮定
  1樽:200L → 20年後 
 → 136.25L = 0.68樽 → ?億円

▼カードシリーズのオークション単価で
 旧・羽生蒸溜所の1樽を購入すると仮定

《カードシリーズ54本セット》 
羽生原酒・54瓶分 =1億円
 ※54本=0.19樽分の中身量

《20年モノ/エンジェルズシェア3%とだった時の1樽》
 羽生原酒・1樽分 =3.58億円
 ※20年モノで中身が68%残っている状態

オークション価格を基準して、超ざっくりと上記のように計算するなら、処分される予定だった羽生の原酒樽は、1樽=3.58億円ということになります。

正直、オークション価格ですし、カードシリーズ54本をコンプリートした価格なので、超・机上の空論です。

ただ、旧・羽生蒸溜所の原酒樽を2024年の今、売買したとするなら、感覚的にも1樽=1億円は下らないのではないでしょうか?


■別の角度からシミュレーションしてみると

サントリーが2000年代のウイスキー超低迷期に行っていたオーナーズカスクという仕組みがありました。
簡単にいうと「原酒の1樽販売」です。
(オリジナルラベルで、ボトリングもしてくれました)

その時の価格が、ざっくり1樽100万円~3,000万円でした。
(今では考えられない安値です!)

その最小金額=1樽100万円と仮定したとしても、処分指示のあった旧・羽生蒸溜所の原酒樽は400樽ありましたから、その売値ベースの価値は「4億円」ということになります。


■ここで考えてみたいこと

ウイスキー愛好家としては、「おい、処分すんなよ!」という気持ちが強いですが、1983年からずっとダウントレンドで、今後もウイスキー市場の回復の兆しがない2003年。
新しいオーナー会社がウイスキー事業から撤退する判断をしたことも、わからないわけではありません。というか、ビジネスとしては当然の判断でしょう。
(繰り返しますが、熟成を経た在庫のウイスキー原酒は、大切にして欲しいところではありますが。)

ここで強く感じることは、

ウイスキーのトレンドは大きな周期で
アップダウンを繰り返している

と言うことです!

本場スコッチウイスキーも大きな周期でアップダウンを繰り返して来ました。

「スコッチのトレンド史」は、以前に記事にします。
そして、アードベックの事例も記事にしています。

一方で、日本でも1983年をピークに2008年まで25年に渡りダウンドレンドだったウイスキーは、その後、今に至るまで堅調に推移して、国内のクラフト蒸溜所が急増しています。

正直、日本ではハイボールが1つの飲酒文化として新たに根付いたので、一気にウイスキー需要が下がることはないでしょう。

ただ、避けることのできない『大きな周期での需要減退』は、いつか起こります。

「論語(高いモラル)と
算盤(蒸溜所の存続)」の
蒸溜所経営

いつか訪れるダウントレンド時代には、「1990年代の日本のウイスキーづくり」のように、

・先の見えないダウントレンドの中でも、ひたすらに美味しいものをつくり続けよう・さらに向上させようという『つくり手の矜持』

一方で

・絶対に蒸溜所を存続させるのだという『経営者の覚悟』

が、さらに重要になることでしょう!

以上で、2話にわたる「イチローズモルトに見るウイスキーブームの浮き沈み」を終わりとさせて頂きます。

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