見出し画像

ウイスキー/アイルランド起源説 アイルランドで花開いたキリスト教文化 《歴史の授業⑦》

■ウイスキーの発祥を探る旅

前回からの続きですが、ついに本題へと突入します!

◇ウイスキー:アイルランド発祥説

歴史の変遷や、文化の伝播を考えた時に、
スコットランドよりも、アイルランドの方が、
(決定的な証拠はないものの)
「大麦麦芽の醸造酒」を蒸溜して飲んでいたのは、早いのではないか?

◇チャーリー流
 ウイスキー/アイルランド誕生説への論考

①    「ビール」「キリスト教」「蒸溜技術」がほぼ同時期に伝来したとするなら、それはスコットランドではなく、アイルランドに先に伝わったであろう。

②    そのアイルランドでは、修道院の蒸溜技術が、時を経て民間に流出し、エールビールを蒸溜して飲むための素地(文化的背景)があった、

この①②について、解説してみたいと思います。


■キリスト教の伝来はどちらが先か?

「ビール」「キリスト教」「蒸溜技術」がほぼ同時期に伝来したとするなら、真っ先に伝わるのは「キリスト教」ではないかと思います。

それだけ信仰という力、伝播力は強いと思います。

日本でもフランシスコ・ザビエルがキリスト教の布教に訪れ、その副産物として様々な文化・物品が伝来しました。
キリスト教はその影響力の強さもあり、進んだ文化文明を持っていたからです。

これは、ザビエルが来た戦国時代の日本でも、紀元4~6世紀頃のアイルランド・スコットランドでも同じことが言えるでしょう。

で、そのキリスト教は、アイルランドとスコットランドのどちらに先に伝わったのか?

公式回答は「アイルランド」です。

《アイルランド》 432年(462年説あり)
聖パトリックが、キリスト教を布教するためアイルランドに渡来。

《スコットランド》 563年
聖コロンバが、アイラ島に近いアイオナ島に修道院を築いて布教。

そもそもスコットランドにキリスト教を伝えたとされる聖コロンバが「アイルランド生まれ/アイルランド人」です。

それくらいスコットランドよりも、アイルランドの方がキリスト教・先進国であったということです。


■聖パトリックの生い立ち

スコットランドよりも先にキリスト教が伝わったアイルランド。

で、そのアイルランドにキリスト教を伝えたのは聖パトリックです。
(3/17=セント・パトリック・デーの聖パトリックさんのことです)

聖パトリックさんの生い立ちは以下の通り。

4世紀末にウェールズのケルト系クリスチャンの両親の元に生まれた彼は、若いころにアイルランドの海賊にさらわれ、奴隷として苦しい時期を過ごしたという経験をもちます。神の啓示を受け、脱走した後にヨーロッパ大陸に渡り神学を学ぶと、「自分を虐待したアイルランド人にキリスト教を伝道する使命を与えられた」と語りアイルランドに渡りました。キリスト教の布教に努め、アイルランド各地に教会や修道院を建設し、多くの人々にキリスト教を広めたと伝えられています。

以下のプレシャスのサイトから引用

「聖パトリックの祝日」って何?「発祥」「日にち」「概要」などさくっと解説!【大人の語彙力強化塾538】 | Precious.jp(プレシャス)

つまり、キリスト教は、ウェールズからアイルランドに伝わり、そこからスコットランドへ伝わります。


■キリスト教の伝播ルート

一方で、ウェールズへは、すぐ隣りのイングランドから伝わったでしょうし、そのイングランドへは「ローマ帝国に征服された時=紀元200年頃」にキリスト教が伝わっています。

図で示した方が早いですね。

地図で見ると一目瞭然で、スコットランドよりもアイルランドに先にキリスト教が伝わったであろうことがわかります。

「キリスト教」がそのルートで伝播したのであれば、「蒸溜技術」も同様のルートをたどったであろうことが強く推定されます。


■アイルランドが原始キリスト教の楽園に!

イングランド&ウェールズは、ヨーロッパ大陸が近いだけに、ローマ帝国が攻めてきたり(紀元前55年ほか)、アングロ・サクソン人が侵入(紀元449年)してきたり、常にゴタゴタと落ち着かないエリアでした。

イングランドの歴史 - Wikipedia

しかし、そのゴタゴタはアイルランド島までは届きませんでした。

そのため、アイルランド島では「キリスト教」が432年に聖パトリックによって伝えられると、8世紀にかけて、スコットランドとの比較というレベルでなく、ヨーロッパの中でもトップクラスの発展を遂げたのです!

アイルランドでは独自の修道院文化が発達し、古典の筆写や研究が盛んに行われました。西ヨーロッパのキリスト教国のなかでアイルランドは修道院が教会を支配した唯一の国です。

6世紀~7世紀にかけて、アイルランドの修道院は学びの中心地であり、聖コロンバなど宣教師を、ヨーロッパ各地に送り出していました。

この頃のヨーロッパは、戦乱、疫病、政情不安定などが続いた暗黒時代(Dark Ages)でしたが、アイルランドは宗教、著書、アートなどが発達した黄金の時代でした。

アイルランドではヴァイキングが8世紀末に侵略するまで、平穏が続き、学問が盛んに行われました。

以下のカムログのサイトから引用
(人名の発音表記のみ一部修正)

分かりやすいアイルランドの歴史概要(古代~現代) | イギリス・ウェールズの歴史ーカムログ (rekishiwales.com)

このようにアイルランドでは、「初期キリスト教」がもともとアイルランドにあったドルイド教と結びつき、ローマ教皇からの過干渉もなく、独自の発展を遂げました。

古代エジプトのキリスト教(=コプト教)と、ケルトのキリスト教に類似性があるのは、こういう歴史があるからだと思われます。

ウイスキー/アイルランド起源説 古代キリスト 《歴史の授業④》|チャーリー / ウイスキー日記 (note.com)


■アイルランドとスコットランドの立ち位置

「キリスト教」や「ビール」がもたらされた、5~8世紀頃のアイルランドとスコットランドの地理的関係を、図で示してみます。

この関係を見ると、この時代、「キリスト教文化」はスコットランドよりもアイルランドで先に高度に進化したことがわかります。

つまり、「キリスト教と結びついていたと考えられる蒸溜技術」も同様に「アイルランドで先に花開いた」とチャーリーとしては推定するわけです!


■次回は

ウイスキーのアイルランド発祥説のまとめとなる最終回です!

いいなと思ったら応援しよう!