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お隣り同士。ラガヴーリン蒸溜所とラフロイグ蒸溜所 《ピーター・マッキー:前編》

■ホワイト・ホースの生みの親:ピーター・マッキーさん

ピーター・マッキーとは、日本でも有名なブレンディッド・スコッチウイスキー「ホワイト・ホース」の生みの親です。

このマッキーさん、超エキセントリックな性格で色々な伝説の持ち主です!

・巨漢にしてエネルギッシュ、“Nothing is impossible”(不可能なことはない)が口癖。

・自分自身が全然休まずに働き続けるので、レストレス・ピーター(不眠不休のピーター)というあだ名だった。

・従業員も「体が資本」と考え、社食に勝手にプロテインを入れた。

・そんなピーターについては“1/3は天才、1/3は誇大妄想狂、1/3は奇人”と評されている。

などなど。

そんな伝説の中でも、このエキセントリック・ピーターさんラガヴーリン蒸溜所を所有)と、お隣のラフロイグ蒸溜所オーナーの頑固者・イアンさんとの逸話についてです。


■アイラ島のモルトウイスキー

アイラ島は、スコットランドの西側に位置する淡路島くらいの大きさの島です。
この島では、もともと島だけに密造酒づくりが盛んでした。

モルトウイスキーの原料となる麦芽をつくる際の乾燥工程では、スコットランドでピートという泥炭を使います。

《ピートとは》
「ピート」とはなんですか? サントリーお客様センター (suntory.co.jp)

その中でもアイラ島で、麦芽を乾燥させる際には、波しぶき潮風を受けたピートを使うため、独特の「塩味」「薬品ような香り=いわゆる正露丸の香り」「磯が香る強めの薫香」を強く感じさせる商品となります。


■キルダルトン3兄弟

アイラ島のモルトウイスキー(現在10蒸溜所が稼働中/その他に稼働準備中もアリ)でも、ざっくり以下の傾向があると言われています。

・北側の蒸溜所  = 穏やかな味わい
・南側の蒸溜所  = ドギツイ味わい
・真ん中の蒸溜所 = その中間的な味わい

ちなみに、真ん中の蒸溜所の代表格として、「中庸な味わい=バランスの取れた味わい」で、『アイラの女王』と称されるのが、ボウモアです。

「アイラモルトは、ボウモアにはじまり、ボウモアに終わる」と言われる銘品です。

私チャーリーも社会人になって初めて自分のお金で買ったウイスキーはボウモア12年でしたし、昨日、休日の家飲み用に買ってきたのもボウモア12年なので、「ボウモアにはじまり、ボウモアに終わる」を体現しているわけであります!

話を戻して、ドギツイ味わいのアイラ島南端の蒸溜所で、現在稼働している蒸溜所は、西側から順に、以下の通りです。

・ラフロイグ蒸溜所
・ラガヴーリン蒸溜所
・アードベッグ蒸溜所

アイラモルトに詳しい方ならご存じだと思いますが、超ドギツイ・ピート香MAXの商品ばかりです!!

この3つの蒸溜所は、それぞれ数kmしか離れていないご近所さんなので、「キルダルトン3兄弟」と呼ばれています。

キルダルトンとは、そこの教区の名前です。

◇教区
教会組織の最小の単位。

より上位の組織である主教区(司教区)に属している。重要な司教区には大司教がおかれ,大司教区と呼ばれる。

イギリス教会の教区は,そのまま国の最小地方行政単位になっている。

教区は、日本人の感覚で言えば、校区みたいな感じですかね?


■ピーター・マッキーの修行時代(ラガヴーリン蒸溜所)

そもそもピーター・マッキーさんのウイスキー人生は、おじさんの経営していたラガヴーリン蒸溜所での修行から始まります。

ラガヴーリンで修行後、マッキー社を創業して、1880年頃、ブレンディッド・スコッチ「ホワイト・ホース」を発売して、大ヒット!

その原酒を確保するために、1889年のラガヴーリン蒸溜所をおじさんから引き継ぐと、多くの蒸溜所を所有します。

◇マッキー社 所有蒸溜所
<アイラ島>     ラガヴーリン ※1
<スペイサイド>   クレイゲラヒ
<スペイサイド>   グレンエルギン
<キャンベルタウン> ヘーゼルバーン ※2
<グラスゴー> グレーン蒸溜所・ブレンダー室・本社

※1 ラガヴーリンが入っているのでホワイト・ホースは、ブレンディッド・ウイスキーの中では、スモーキーなニュアンスが強め。

※2 1919年末から1920年1月かけて、ヘーゼルバーン蒸溜所をマッキー社が買収しています。そのため、1920年2月~、3ケ月間、この蒸溜所で研修を積んだ竹鶴政孝は、マッキー社でお世話になったことになります。


■マッキーさんの亡きあと

ピーター・マッキーさんは、ホワイト・ホースによって、「スコッチのビッグ5」の一角を占めるまでに事業を拡大します。

しかし、1924年にピーターさんが亡くなり、マッキー社からホワイト・ホース社へと社名変更をすると間もなく、1927年、最大手企業DCL(ディリティラリー・カンパニー・リミテッド=今のディアジオの前身)に買収されます。

ただ、スコッチのビッグ5の中では、最後にDCLに買収されており、最後まで孤軍奮闘した企業と言えるでしょう。


■イアン・ハンター(ラフロイグ蒸溜所)

一方で、ラガヴーリン蒸溜所のお隣のラフロイグ蒸溜所です。

そのラフロイグを経営していたイアン・ハンターさんは、ラフロイグ創業家の末裔で、近代的なビジネスモデルを取り入れた名経営者で、ピーター・マッキーさんと同じ時代を生きています。

イアンさんはアメリカでマーケティングを学んでから、20世紀初頭にアイラ島に戻った、バリバリのビジネスマンでした。

アイラ島に戻った時には、ラフロイグ蒸溜所は親戚のおばさん達が経営していましたが、その原酒の販売権は、お隣のラガヴーリン蒸溜所が持っていたのです。

アメリカ仕込みのマーケティング理論を駆使して、ラフロイグを売りまくるぜ!

でもよく見たら、そもそもこの代理店契約って、ウチに超不利じゃね!?

と思ったイアンさんは、ラガヴーリン蒸溜所に、

御社とのラフロイグ原酒の代理店契約を破棄させてくださいー!

と伝えに行きます。

その時のラガヴーリン蒸溜所の経営者は、例のピーター・マッキーです。

その時の、ピーター・マッキーの反応とは??

次回に続く。

※タイトル写真は、アイラ島の最大の町・ボウモアの観光名所ラウンド・チャーチ(円形教会)です。

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