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バーボン業界の特有の文化 ブランドの売買《アーリー⑧》
■前回までのまとめ
日本国内で、2012年からアサヒビールにより販売されていたアーリータイムズ・イエローラベルが、2021年12月に休売、2022年6月に日本での取扱が終了。
2022年9月に明治屋が新・アーリータイムズを発売するまでの9ケ月ほどの間、正規流通品がなくなっていた。
・なぜアサヒビールの取扱が終了してしまったのか?というと、商品の供給が追いついていないから。
・それは澱が発生した商品があって、その確認のため出荷を止めていたためと言われている。
・なぜ、澱が発生したかというと、「つくり手が変わったからではないか?(特にろ過工程が変わったのではないか?)」というが、私チャーリーの推測である。
以上が前回までのまとめです。
「つくり手が変わった」というのが、アーリータイムズ・イエローラベルが日本で終売となった大元の理由だと、私は推測しているのですが、この「つくり手の変更」をもたらした『ウイスキーブランドの売買』について、考えてみたいと思います。
■そもそもバーボンでは、ブランド売買が多い
スコッチと、バーボンを比べた場合、バーボンの方が、ブランド売却の事例が多い感じがします。
それは、以下のような理由が考えられと思います。
《理由①》
禁酒法時代に、中小のバーボン蒸溜所がブランドを売却したから。
《理由②》
禁酒法後、アメリカ・カナダを拠点とする「ビッグ4」に再編された時に、ブランドの売買があったから。
《理由③》
ビッグ4が消滅し、アメリカ資本のコングリマット企業や、ヨーロッパ資本の大手スピリッツメーカーに再編された時に、ブランドの売買があったから。
それぞれについて見ていきたいと思います。
■禁酒法によって中小のバーボン蒸溜所がブランドを売却した
禁酒法時代に、オフィシャルに生き残ったバーボンメーカーは、薬用ウイスキーの販売が認められた大手6社です。
このビッグ6以外の中小蒸溜所は、禁酒法でウイスキーの製造・販売ができないので、資金繰りが急速に悪化。
この大手6社に、手持ちのブランド・原酒・レシピを売却した事例が多いです。
その際、生産設備(=売却した蒸溜所)は整理整頓で閉鎖してしまい、そのブランド権・原酒・レシピだけが、大手メーカーに買収され、そこで製造されるようになったケースも多いです。
そうなると、つくり手をともなわない「ウイスキーブランド」のみが、一人歩きを始めるので、極めて流動性が高くなるわけです。
こうして「ウイスキーブランド」だけが切り取られ、売買されるようになったのです。
■アメリカのビッグ4
禁酒法時代に「ビッグ6」と呼ばれる薬用ウイスキーの販売を認められた会社であっても、禁酒法廃止後の最初の10年で、度重なる合併・買収などが進行しました。
社名が変わってしまう会社が続出し、バーボン業界は、カナダ・アメリカに本拠地を置く、「ビッグ4」へと再編されます。
禁酒法を生き延びたアメリカン・ウイスキーのブランドの75%以上が、このビッグ4に吸収されたと言います。
そしてこのビッグ4は、ウイスキーの本場スコットランドの蒸溜所運営も進めました。
◇ビッグ4とは
《カナダ》シーグラム
《カナダ》ハイラムウォーカー
《アメリカ》ナショナル・ディスティラーズ
《アメリカ》シェンリー
ちなみに、ビッグ4のうち、アメリカの2社は、ビッグ6からの流れで
ナショナル・ディスティラーズ
← アメリカン・メディシナル・スピリッツ
シェンリー
← シェンリー・ディスティラリーズ・コーポレーション
の後継会社です。
ただ、結論から言うとこの「ビッグ4」も現存する企業はありません。
業界の栄枯盛衰、はやっ!
ただ、禁酒法後の「ビッグ4」の前の、禁酒法期間中の「ビッグ6」の中に、現在も生き残っている会社が1社だけあります。
ブラウンフォーマン社です。
ブラウンフォーマンは、大手のバーボンメーカーではあったものの、世界的企業のビッグ4とは規模感に開きがあり、当時はビッグ4としては数えられていません。
ただ、アーリータイムズというブランドは、1923年~2020年まで、ブラウンフォーマン社に保有されていたおかげで、非常に長い期間、ブランド売却のなかった稀有なブランドということができるかも知れません。
■消滅したビッグ4
ビッグ4を中心としたバーボン業界再編の動きの中で、「ウイスキーブランドの売買」がさらに進みました。
しかし、このビッグ4がさらに再編・消滅し、ブランドの売買がさらにさらに進んだのです、
ビッグ4については、それぞれの企業で、いくつも記事を書けるくらい話題に事欠かないですが、その消滅時期&後継企業にフォーカスしてご説明すると以下の通りです。
《カナダ》シーグラム
1970年代半ばには、世界最大の酒造メーカーとなるも、1990年代に入ると酒類に興味のないお坊ちゃま社長がトップに。
当時のアメリカで大流行した多角経営=コングロマット化に舵を切る。
酒類とは関係のない「音楽・映画などの娯楽企業」を買収して大失敗。
このお坊ちゃま社長の就任からたった数年で会社が消滅。
酒類事業は、2001年にペルノリカールとディアジオに売却。
《カナダ》ハイラムウォーカー
カナディアンクラブを、禁酒法時代にアルカポネなどのギャングに売ってブイブイいわせていましたが、1986年~1987年にかけて、アライド・ライオンズに買収される。
そのアライド・ライオンズは、1994年にペドロ・ドメックと合併してアライド・ドメックとなった後、2005年にペルノリカールが買収。
ただし、ペルノリカールにとって、手持ちのブランドと重複するブランドは、フォーチュン・ブランズ社(当時のジムビーム社の親会社)やディアジオ社へ売却。
《アメリカ》ナショナル・ディスティラーズ
禁酒法廃止後は酒類事業以外の多角経営化へ一直線。
1980年代後半に、中核事業を化学品とプロパンの販売に絞り、非継続事業となったスピリッツ事業・ワイン事業の売却を決定。
1987年、オールド・グランダッドなどのウイスキー事業はフォーチュン・ブランズ社(当時ジムビーム社を保有するコングロマット企業)へ売却。
《アメリカ》シェンレー
禁酒法直後、統合によって世界最大の酒類企業になるも、1968年に投資家であり、コングロマットの企業帝国を築きはじめていたメシュラム・リクリス氏(※1)が買収。
1987年にギネス・グループへ売却(※2)。
現在のディアジオへと繋がります(※3)。
※1:正確にはリクリス氏の傘下のグレン・オールデンという会社が買収(グレンとついていますが蒸溜所やウイスキービジネスとは全然関係ない会社)
※2:正確にはグレン・オールデンの後続会社ラピッド・アメリカンが売却
※3:ギネスは同じ1987年にDCL(後にディアジオとなるスコッチウイスキーNo.1企業)を買収
■3つの大きな「再編の流れ」が「ブランド売買」を加速
① 禁酒法でビッグ6へ。
② 禁酒法後にビッグ4へ。
③ 1980年~2000年頃にビッグ4消滅へ。
5大ウイスキーの他の4つ、スコッチ、アイリッシュ、カナディアン、ジャパニーズの中でも、このブランド売買の目まぐるしさは圧倒的ですね。
このバーボンウイスキーの特徴である
「ウイスキーブランド」の流動性の高さ
と密接に結びつく、もう一つの特徴
「1蒸溜所で多ブランド生産」
について、次回ご説明します!