母の日・父の日の贈りもの
大学院を修了するまで実家で暮らしてきた私だったが、この春から一人暮らしを始めた。研修中の仮住まいは会社側が手配してくれていて、家具も一通り揃っていたので、引っ越しはそこまで苦ではなかった。
問題はその研修が終わってからだ。配属先のオフィスが決まり、仮住まいを出て引っ越しをすることになっている。引っ越し当日の作業を両親に手伝ってもらう関係上、予定の調整や諸々の確認のため、5月下旬に一度帰省することになった。
初任給が入り、母の日や父の日のシーズンにもなっている。流石に何か贈りたいな・・・と思ってカタログギフトを取り寄せたのだが、うまく受け取ることができず帰省に間に合わなくなってしまった。
仕方がないので簡単な手土産だけ携えて地元に向かったが、両親に事情をうまく伝えることもできず、実家では終始もやもやとした気分で過ごした。
帰省から戻って、郵便局に預けられっぱなしになっていた荷物を取りに行った。窓口で要件を伝えると、奥の保管場所に向かった職員さんが申し訳なさそうな表情で戻ってきた。
「隣で保管していたものが破損して、荷物が汚れてしまって・・・一旦、中を開けて確認してもらえますか?」どうやら他人の荷物から漏れ出した柔軟剤か何かを被ってしまったらしい。
私の預けていた荷物は限定デザインの包装紙で丁寧に梱包されている。それを破って中身を確認するのは気が引けた。
そもそも、カタログギフトは多少汚れたところで使えなくなるような物ではない。私は「このままで大丈夫です」と伝え、二つの小包を抱えて郵便局を後にした。
歩きながら、そっと小包に目を落とした。外側から液体が染み込んだような跡がある。中身に支障がないとはいえ、せっかく準備した贈り物が当人たちの手に渡る前に汚れてしまったことは残念だった。
気持ちが沈むと、嫌なことばかりを考えてしまうものだ。ちょうど不動産の契約手続きの真っ最中だったが、仲介業者とのコミュニケーションが果たして上手くいっているのか不安だった。そもそも一人暮らしを続けるという自分の選択は正しかったのか? そのことについて親はどう思っているのだろう? 本音を言えない性格が災いして、私はいつの間にか要らない荷物まで背負い込んでしまっていたのではないだろうか?
・・・帰省の疲れもあってか、家路につく足取りが重かった。
それから数週間後。案の定というかなんというか、不動産契約のために地元の役所での手続きが必要であることが判明した。あいにくオンラインでの対応がなく、平日の昼間に直接窓口に向かうよりほかにない。やむなく、休みを取ってもう一度帰省することにした。
仕方のない事情とはいえ、研修中に会社を休むのは気が進まなかった。人事からは「一日とはいえ、研修休むと後々大変だけど大丈夫?」と心配され、それが却って面倒に感じた。
正直、私はかなり気が滅入っていた。例のカタログギフトをスーツケースに入れてどんよりとした気分で実家に戻り、問題の手続きを済ませてのろのろと自室の片付けをした。
その夜、パートを終えた母に続いて、単身赴任中の父が帰ってきた。父には契約時の連帯保証人を頼んでいたのだが、忙しい合間を縫って、必要な書類を準備しておいてくれていた。家族揃っての夕食後、父から契約書に印鑑を押してもらい、必要書類はなんとか揃った。
一段落したところで、私は自室から二つの汚れた小包を取り出してきて、両親に手渡した。「本当はもう少し早く渡すつもりだったけどうまく受け取れなくて・・・それに、郵便局で預かってもらっている間に荷物が汚れてしまって・・・」
母はしどろもどろに話す私の声に黙って耳を傾けていたが、やがて穏やかな表情で言った。
「別に気にしてないよ。ありがとう。それに、なんだか良い香りがしてちょっと得した気分」
母は微笑んで、柔軟剤のしみのついた包装紙をそっと撫でた。
自室に戻ると、リビングの方から、何を選ぼうかと話し合う両親の弾んだ声が聞こえてきた。私は肩の荷が下りた気がしてほっと息をつくと同時に、何か温かいものを受け取ったような心地がしたのだった。