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書くことが、私に最後に残されたたった一つのみちしるべ:ここは、吐き出すところーーネガテ…

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書くことが、私に最後に残されたたった一つのみちしるべ:ここは、吐き出すところーーネガティヴな内容が苦手な方、すまんな。うまく回避してくれ。

最近の記事

やる気がない日曜の朝には:2021年8月8日の日記

やる気がない日曜の朝には、料理がいい。 普遍的な法則ではなくて、あくまでも私にとっての対症療法。 ひたすらに野菜を切ろうと思う。人参、大根、ピーマンを細切りに。 どうするのかは決めていない。切ってから、決めればいい。 空っぽの心で、私は細切りをする。

    • 構想メモ: SNS・note・商品=「私」: 2021年8月4日に/雑記

      そんな感じで、三つのキーワードを含む文章をいずれ書かねばと思っている。出来上がる文章はたぶん、SNSやnoteを批判するものとなる。 懐古厨の誹り、大いに結構。それでも、かつてあったインターネットの魅力がもはや地上から――ウェッブ上から?——跡形もなく消えてしまったことを、私は時に嘆きたくなる。個人ブログ、個人サイト、あるジャンルを束ねたサーチエンジン。もう十数年近く前の記憶を私は未だに引きずっていて、かつて交流した本当の名前も実際の顔も知らないあの人の名前か、あるいは作品

      • 日記:2021年8月4日

        相変わらずやる気がない。と文章を始めたいと私は思った。 だが、それは必ずしも今の自分の状態を適切に反映した表現ではないようだと直観して、いま少し、私は戸惑う。 やる気の使い方を、知らない。よせばいいのに私は効率と合理を求める。ただひたすらに、がむしゃらに、とにもかくにもやってみるということがときに現状を打破する一手として有効性を持ちうるのだと頭では理解しながらなお、それを無駄な行動として惜しみ、中身のない計算に興じ、その過程でやる気が、エネルギーが、リビドーがたまり、ぶつか

        • 雑文:2021年7月29日朝

          相変わらずやる気が出ない。ずっと眠り続けていたい。

        やる気がない日曜の朝には:2021年8月8日の日記

          雑文:2021年7月28日

          自分はまじめな人間だと思っていた。 やるべきときにやるべきことをやれない。だから自分はまじめじゃないんだと、わかった。私の考える「まじめ」というのはどうもそういうものだったのだらしいということが、わかった。 もう少し考える。 「〈やるべきこと〉を決めるのは他人(お前)じゃない、私だ」という気持ちが、どうも私には強くあるらしい。もっと柔軟な、決して頑迷固陋な人間ではないと思っていた。直ちに自分が頑迷固陋な人間だとはならないにせよ、ざっくり自分は、どうにも頑固な人間の部類といっ

          雑文:2021年7月28日

          だるい:2021年7月27日の日記

          noteを再開する。 やらなきゃいけないことをやっていない。とてもだるい。やりたくない。 どうしてこんなつまらない論文を読まないといけないのだろう。 本当にいやだ。意味がないと思う。 逃げたい。やりたくない。本当にいやだ。本当にいや。 なにもかもやりたくない。くだらないことに参加したと思う。 そう思いたくない気持ちもあるけれど、いまは本当にやりたくない。 愚痴をこぼせる相手もいなくなった。 当然だ。私が心を開かないのに、どうして相手が自分に心を開いてくれると思うのだろう。

          だるい:2021年7月27日の日記