ソフトクリームの置物
「ちょっとお聞きしたいんですが……これを理解できるか聞きたいのですが……えーっと……大きいソフトクリームの置物、たまに店前にあるじゃないですか。そのソフトクリームの一番上? 先端部分が尖ってて、くるっと垂れてるの分かりますか? そこが輪っか、みたいになってるの想像つきます?」
僕は公園のベンチに張り付くように座っていた。
すると、見ず知らずの女が話しかけてきた。
20代半ばだろうか。
弱気な目。それを隠すようなハッキリとした眉。
彼女の声は鼓膜を震わせるのではなく、鼓膜に触れてくるようだった。
この時すでに、彼女の様々な思考を聞きながら、夜、眠りにつきたいと思っていた。
「え?」
「やっぱりわからないですか?」
「いや、ちょっと混乱して。ソフトクリームの先端のことよりも、何故そのことを聞かれてるのかが気になってしまって」
きっと彼女は子供みたいに、突然走り出す。
「あ、私、今、小説書いててそれが伝わるのかなって」
「そうゆうことか。……置物のソフトクリームの先がくるっとなってるのわかりますよ。輪っかになってるのもわかります」
「よかったー」
胸を撫で下ろす彼女を見ていると、一緒にどこか遠く旅に出て、一日に数本しかない鈍行電車に飛び乗り、「間に合った! よかったー」と僕にしか聞こえない声で言って欲しくなった。
「もう一個だけ聞いていいですか?」
「一個……はい」
「そのソフトクリームの先端の輪っか部分に人差し指を入れるってわかります? で、そのまま人差し指引っかけてソフトクリームを持ち上げる。……あ! 言い忘れてた。夜です。ソフトクリーム、光ってます。中から。ライトで。で、人差し指でソフトクリームを持ち上げて、コードがピーンってなってる。わかります? で、コンセントが抜ける。わかります?」
「一個以上、聞いてないです?」
僕の指摘は浅はかだ。
彼女の感性はあまりにも深い。
「んー……丸ごとで一個、聞いてるんです。ぶどうみたいに」
「……ぶどう?」
「一粒じゃなくて、一房。じゃ『一房だけ聞いていいですか?』って言えば良かったのかな」
彼女を抱きしめることが許されない世の中であることが疎ましい。
「僕はソフトクリームの件、一房分、全部わかりましたよ」
「よかった! すみません。ありがとうございました」
「あ、名前だけ聞いていいですか? ペンネーム? でもいいので」
「ヒロイ ナミです」
「ありがとうございます」
何もなかった僕。小さくて大きな夢ができた。
彼女の小説を書店に並べたい。
いつの日になるかはわからない。
とりあえず今できること。
「……本屋で働いてみるか」
幼い頃、遊び場だった公園。いつしか逃げ場になってた。
僕は立ち上がった。
近くにいた雀が一羽、飛び立った。