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理由な彼女

12月が始まってすぐにサヨに別れを告げられた。

サヨはいつだって理由を言う。
そもそも彼女を好きになったのは明確に理由を言うから。

今年の夏、会社の同僚が開催した、バーベキュー大会擬きに参加した。男女合わせ30人ほど。
居心地の悪さから飲み物を買う口実にコンビニに逃げた。

「私も行く」

少しだけ間抜けな声が聞こえてきた。それがサヨだった。

二人でコンビニに向かうと、残りの男女が「おぉ~」と茶化してきた。

サヨと二人っきりになり「随分と積極的だね」と言うと「居心地が悪いから抜け出したかった」と言われた。

コンビニで僕はオレンジジュースを一本、サヨは麦茶を一本買った。

「一緒に買うよ」
「いい、自分で買います」
「そっか」

レジは一台しか稼働しておらず、まずは僕がオレンジジュースを買った。

「お会計、120円になります。袋どうしますか?」
「あ、結構です」

120円ちょうど出した僕はレシートも断り、一歩横に移動すると、サヨがレジ台に麦茶を置いた。

「お会計、110円です。袋どうしますか?」
「あ、この後ゴミ袋に使いたいので、お願いします」
「かしこまりました」

サヨもちょうど110円を出す。

「110円ちょうどですね。ありがとうございました。レシートは……?」
「こう見えて、家計簿つけてるんで、レシートお願いします」

レシートをほぼゴミ箱に向かわせていた店員はばつが悪そうに慌ててサヨに渡した。

理由をしっかりと言うサヨを、僕は好きになっていた。

帰り道に電話番号を聞き出し、数日後、食事に誘い、待ち合わせ場所で「君が好きだ。僕と付き合ってくれるなら、これから食事に行こう。無理なら、1人で食事に行く」と言うと「じゃ付き合う。バーベキュー大会で馴染んでいないあなたを見て、信用できる人だと思って、淡い恋心が芽生えていました。一緒にコンビニに行って、自動ドアを通るとき、歩くスピードを緩めないために、先に手を差し出して、センサーに反応させて、自動ドアを開けている姿を見て、慎重な人だと思った。そんな慎重なあなたが一度も食事をしていない私に告白をしてくれるだなんて、絶対に大丈夫に違いない。私の淡い恋心は花を咲かせました。だから付き合う」と理由を明確に伝えてくれた。

付き合い始めると、サヨに対する気持ちがどんどん大きくなっていった。

デートの場所を決めるときも。

「水族館に行きたいな。魚が見たいとかじゃなくて、水槽のガラスに手のひらをつけて、指紋をつけたいから」
「は? なんだそれ」
「なんか、わかんないけど、水族館の水槽って綺麗なイメージがあるから、もしかしたら指紋がつきにくいガラスなのかなって」
「それを調べるために水族館に?」
「うん。ダメ?」
「いいけど」

理由をしっかりと言う。
定食屋さんに行ったときも。

「定食屋さんに来たの久しぶりかも。どの定食にしようかな」
「僕は煮魚定食を」
「私は……昨日、会社の飲み会で食べた安い居酒屋の肉じゃがが美味しくなかったから、その思い出を上書きしたいから肉じゃが定食でお願いします」

理由をしっかりと言う。
僕の家に初めて泊まりに来たときも。

「テレビつけていい?」
「もちろん。何か見たいのあるの?」
「いや、あのね。今からテレビをつけるのは、あなたが普段、どの音量でテレビを見ているかを調べるためなの。もし音が大き過ぎたら、耳大丈夫? とも思うし、ご近所に迷惑だよとも思うし。音が小さ過ぎたら、変なもの見てたでしょ!? とも思うし、 聴覚すごくない? とも思うし」

理由をしっかりと言う。

こんなサヨが「別れたい」と言ってきて「なんで?」と聞くと「わからない」と言った。

「別れたい、理由は?」
「わからない」
「いつだって、サヨは理由を言うじゃないか。なんで、別れたい理由がわからないんだ」
「ごめんなさい。わからない」
「そっか」
「今、わかったかも。理由」
「なに?」
「理由を言わなくても分かり合える二人になりたかったの。私を分かってもらえていないと思うから理由を言うの。あなたは私の理由を聞かないと私を分からないの。これは運命的な二人じゃないの」

こうして、僕らは別れた。