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自分の顔を見て、自分を知る

夏休み、地下鉄の駅のホームでクラスメイトの佐名田さんと会った。偶然に。
「夕方からどこに行くの?」と聞かれたから「家に帰るだけ」と答えた。
「どこに行くの?」と聞くと「私も家に帰るだけ」と答えてくれた。
お互い「どこに行ってたの?」とは聞かない。そんなことで、僕は僕らの距離感を知った。
と同時に「塾に行ってた」と言うことによって、大学受験の話題にならざるを得ないから敬遠した、とも考えた。この駅の近くにはたくさんの塾があるからきっと佐名田さんも塾帰りだとは思った。
ホームにはそれなりの人がいた。それに対して、到着した電車は空いていた。
2人が座れるスペースもあった。しかし2人が並びで座ったとき、どちらかの隣に必ず人がいる状況になってしまう。2人とも隣に人がいないことは不可能だった。
そんな状況を目を合わせただけで理解し合えた気がした。
何も言わず立つことにした僕と佐名田さん。
たった二駅分の時間。
「天気いいね」とか「暑いね」とか「今日電車の中にセミが入ってきたんだよ」「え!?  見てみたい!」「大パニックだったんだよ」と、尻上がりに盛り上がった。
ちゃんと目を見て話せたし、地下鉄のおかげで窓ガラスに反射する佐名田さんと目を合わせながら話すこともできた。さすがにお互い少しだけ笑った。
僕が乗り換える駅に着くと「じゃ」と、そのままその電車に乗り続ける佐名田さんに挨拶をして、対面乗り換えですでに到着していた目の前の他路線の電車に乗った。
ホームを横切っている間、振り向いて、佐名田さんにまた挨拶をしようとしたが、もしこちらを見ていなかったら怖いからやめた。
でも電車に乗り込んでから、「ドア際に立って外の景色を見るのが好きなんですよ」の動きで、体を外に向けて、佐名田さんの方を見た。
目が合った。
佐名田さんもドア際に立っていた。
会釈し合った。
お互いが乗っている電車のドアが閉まった。
同じタイミングで出発する電車。
ずっと、目線の真っ直ぐ先に佐名田さんがいる。
3回くらい会釈し合った。
「いつまでお互いの姿が見えるのかな」と目だけで会話ができた気がした。
この時間は突然終わる。
トンネルに入った。
その瞬間、ドアの窓ガラスに反射する自分と目が合った。
ニヤっとした顔は、素敵ではなかったが、幸せそうだった。
電車の中にセミが入ってきたとき、佐名田さんはどんな顔をしたのだろう。
どんな壮大な景色より、それを眺めるときの佐名田さんを見たいと思った。
佐名田さんのあらゆる表情を見たいと思った。
大学受験の億劫さに、少しだけ甘みがくわわり、今夜はいつもより長湯になりそうだなと、無縁そうだけど無縁じゃないことを感じて、なぜか食欲がわいてきた。