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恋の教訓

「自分の心配しろよ」
え?
また言われた。

初めて恋人ができたのは大学2年。相手は1つ下の新入生。
昼休みはいつも一緒に食堂へ。
食券を買う前に席取りのためにカバンだけを置き「ちゃんと財布持った?」、何を注文するか迷っている彼に「野菜も食べなきゃ」、食べる前に「手洗った?」、食事中に「最近、揚げ物ばっかりだから明日はダメだよ」、食後に「ちゃんと歯を磨くんだよ。じゃまた放課後ね」、放課後に正門で待ち合わせをして彼が友達と遊びに行くと言うと「うん、楽しんできてね、夜遅くなりすぎないようにね。解散したら教えてね。じゃまた明日の昼休み食堂でね」と。
ずっとこんな感じ。
そして2ヶ月後に言われた。
「自分の心配しろよ」
この言葉を優しさと捉え、彼をうっとりと見つめていた私は恋愛初心者だった。
「おれの心配ばっかりやめてくれよ。疲れるんだよ。たまには自分の心配しろって。ごめん。もう疲れた。別れてくれ」
これが私の恋愛の教訓となった。
大学4年になり、バイト先の同い年と付き合った。
教訓を生かす私。
デートでは「私の今日の服どう? 一緒にいて恥ずかしくない?」、美容室のあとは「髪切ったの。どう? 堂々と私の隣を歩ける?」、彼が飲み会のときは「楽しんできてね。解散してもわざわざ連絡しなくていいからね。私はきっと寝てるし。彼氏が飲み会に行ってるのにこんな彼女でも大丈夫?」と。
ずっとこんな感じ。自分の心配をたくさんした。
そして半年後に言われた。
「自分の心配しろよ」
まさか? と呆然とする私。
「お前はいつもおれを主体としてるんだよ。おれからどう見られてるとか。たまには自分主体になれよ。それなのに何回も何回も『こんな私の横を歩ける?』とか、変な心配ばっかりで。なんか、お前といて馬鹿みたいに笑ったことないんだよ。お前がずっとおれを主体にしてるから。ある程度、自分主体になれよ。もっと自分の心配をしろよ。おれはお前といることに疲れた。ごめん。別れよ」
自分の心配とは? こんな単純なことがわからない。
どうせ振られるなら恋人なんていらないと決意した私。
何年ぶりだろ?
10年ぶり?
異性と二人っきりの食事。しかし緊張しない。
それもそのはず、相手は木ノ下。
職場の四つ下の後輩。〈部下〉といえるほど私は偉くない。〈後輩〉が適した表現。
「木ノ下が焼肉に誘ってくれるなんて珍しいね」
「山辺さんとは食事してみたかったんっすよ」
木ノ下が首を何度も前に突き出しながら言った。鳩かよ。
「どうせおごってもらおうと思ってるんでしょ?」
「まさか! 今日は僕がご馳走しますよ。牛タン、いい焼き加減ですね」
満面の笑みの木ノ下。技が成功した大道芸人かよ。
「いやいや、いいよ。私が払うから。今日は気にせず食べよう」
「いや、本当に僕が払います。誘ったのは僕なんで」
突然、真顔の木ノ下。二重人格かよ。
「気にしなくていいからさ。あ! その肉、私が焼いてたやつ」
「あ、すみません、まぁ、自然の摂理っすよ」
私が焼いていた肉を勝手に食べて「自然の摂理っすよ」って、猛烈にサブい奴だな。
「山辺さん、最近どうですか?」
なんだその質問。
「特になんもないけどさー。あっ、部長と木ノ下の同期の女の子が不倫してるって噂は耳に入ったよー」
「あーそれね。噂話なんてどうだっていいですよ」
「私も噂だけなんだけど、会社で話してる二人を見たことはないし、でも居酒屋で見たとか、朝の通勤の電車で寄り添ってるのを見たとかさー。そもそも部長って、家族いるし、家のローンあるし、大丈夫なのかな? もし上層部に不倫してるってバレたら、多分、クビ切られるのは女の子だしさ。部長は減給? とかかな? どうなんだろー。あの女の子のためを思うと絶対にやめてた方がいい。顔もそこそこ可愛いんだしさ、外でちゃんとした恋愛した方が絶対にいいと思うな。でもあの子、ちょっと化粧が濃いのよねー。あの口紅、絶対に薄い方がいいの。元々の顔が濃い子だからさ、それで化粧まで濃いと、濃い濃いなのよ。たまに、ケーキをブラックコーヒーじゃなくて、カフェオレと食べる人いるでしょ。甘甘のやつ。あれじゃ胸やけ決定。絶対に太るしね。甘甘の人を見かけると『やめときなさい』って言いたくなる。どうしてもケーキが食べたいならブラックコーヒーにするべきよね。どうしてもカフェオレが飲みたいのならケーキはやめて、チロルチョコ一個にするとか。あれ? なんの話だっけ? あっそうそう。あの子。顔と化粧が濃い濃いだから化粧は薄くした方がいいよって話か。木ノ下、あの子と同期なんだから、言っといてあげてよー」
「自分の心配してくださいよ」
え?
また言われた。
なんだっけこの言葉。
あっ。怖い。この言葉、怖い。
この言葉には別れの知らせが続くんだ。
いや、そもそも私は木ノ下と恋人関係ではない。だから問題なし。
「山辺さんって、いっつも誰かの心配してますよね? それは優しいからだと思うんですけど。もっと自分の心配してくださいよー。でも山辺さんって、きっと他人の心配ばっかりしちゃうタイプなんでしょうね。じゃ自分の心配できないですねー。わかった! 山辺さんの心配は僕がします! 改めて言います、今後、山辺さんの心配を僕にさせてください。お願いします!」
手を差し出す木ノ下。
「え?」
「これ、告白っす」
トラウマの言葉が、愛の告白の始まりだと気付かなかった私は恋愛初心者。

「お弁当持ったー?」
「持ったよ」
「部活の着替えは? さっき部屋の前に置きっぱなしだったよ」
「だから全部入れたって。おれガキじゃねぇーし」
「はいはーい、お母さんがわるぅございましたー」
「自分の心配しろよ」
え?
また言われた。
なんか嬉しい。
〈女〉が〈喜ぶ〉と書いて嬉しい。