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ダメ社員、忙しくなる。

 無職には分かるまい。会社員の忙しさが。

 まず、謝っておきたい。筆者は「明日更新します」と自らの口で公言していたにもかかわらず、更新しなかった。筆者は結果として嘘をついてしまったことになった。正確には更新しようとしたわけなので嘘ではなかった。至らなかっただけである。noteというイキリ空間に溢れるフリーランスという名の旅人や、編集者という名のはがき職人、学生という名の無職の皆さんにはご理解いただけないかもしれないが、社会人というのは周囲の人々の機嫌一つで仕事がガラっと変わる。少なくとも、己の生業で家族を食わせている人には分かってもらえると思う。取引先が、客が、上司が、黒と言ったら白い物を黒に変えなければならない。世の中そんなものなのである。

 なぜか筆者の仕事も忙しくなってきた。社内では新年度に入ってから人事異動の内示があった。本社は人繰りにも余裕があるようで、余裕を持って2か月前に内示が出る。そこでなんと筆者、生き残った。筆者の部署からは別の人が出された。そんな人事がうっすらオープンになりつつある今日この頃、筆者にもより仕事が回ってくるようになった。なぜか夏くらいまでのプロジェクトにことごとく名を連ねている。しかも、プライベートでは母校の大学で講師をすることになった。キャリア教育の一環で、単発の授業ではあるものの、筆者の仕事について学生たちに講義をするように要請された。それの原稿や企画を練ったりするのも忙しい。お気づきの方もいるかもしれないが、自慢である。筆者はダメ社員なので、少しの浮き沈みで右往左往する。お付き合いを願いたいところである。

 そんな絶好調男である筆者は中ボスから出張に行ってこいと指示を受けた。筆者は突然の指令に驚いたが、久しぶりの出張と言うことなので若干声を裏返らせながら「ヘェイ」とあいさつした。さすが江戸っ子である。そのため、朝から東京駅の人垣をかき分けて新幹線に飛び乗り、エロサイトばかり見ているサラリーマンの隣で4時間近くパソコンをたたき続けながら移動し(※もっとも、その間の1時間は拙著「私の妻は元風俗嬢」を執筆していた)、中継地をはさみ、そこからローカル線を乗り継いで現在はホテルにいる。本日も仕事をしたが、明日午前中のミッションが終われば晴れて自由の身。東京に戻るわけである。

 独身の時、筆者にとって出張はとても楽しいものだった。移動に相当の時間を取られてしまうことは仕方が無かったし、まぁそれなりに仕事をして、夜はその土地のおいしいものを食べて、酒を飲んで、翌日は帰ってくる前にパチンコに行けばよかった。しかし、仕事に干されてからというもの、出張のある仕事など回ってこなかった。そして久しぶりに出張を命じられて、それなりにうれしかったが、でも、ちょっと前とは気持ちが違った。「めんどくさい」でも「疲れる」でも「休みがつぶれた」でもなかった。それは「さみしい」だった。

 筆者にとっての宝物は妻と泣きバナナ(※筆者の愛娘。ムーミンのパジャマがお気に入り)である。筆者は会社に泊まり込みで作業をすることもままあるし、朝早く出勤して、夜遅く帰ることもある。ここ最近は少し忙しかったせいか、動いている泣きバナナを見ていなかった。妻が言うことには昼間は活発に動いているらしい。手足をばたばたさせることに飽き足らず、くるくるとお腹を軸にして回転するらしい。

 そんな泣きバナナが信じられない行動を取ったそうだ。筆者が出勤していたとき、地域の離乳室教室に妻と泣きバナナは出席していた。すると、隣のご夫婦の娘さんがぐずりだしたというのだ。すると、泣きバナナは体をくるんと回転させて、ぐずり娘のところに近寄ると、手を取って「あーう」と言った。するとぐずり娘もケタケタ笑い出して、泣きバナナも満足気だったそうだ。

 筆者の人生は筆者のためにあるものと思っていた。いつか結婚するときには筆者の人生を引き立てるために伴侶を迎え入れるものだと思っていた。それだけ、筆者は自分の生き方や考え方に自信を持っていた。スポーツをすれば強豪で役職をもらったし、勉強も少し本気を出して偏差値をグンと上げて志望校に現役で合格。就活も何一つ苦労しなかった。それでも、会社に入れば上手くいかないことだらけで、いつしか腐り倒して、たこ焼きコレクターとなっていた。色んな人を傷つけて生きてきたから、それも仕方ないかと思っていたら妻と出会い、そして泣きバナナが生まれた。そんな泣きバナナは隣で泣いているお友達を励ましたというのだ。

 きっとそれは妻が筆者が上司に怒られている間、泣きバナナが泣いている時に同じようにしているのだと思う。そういえば、泣きバナナに対して、「どうしたの?」といって抱っこしている姿をよく見るのだった。すると泣きバナナは満足げな表情を浮かべて、あごの下の肉を引きちぎろうとするので、妻は苦悶の表情を浮かべるのであった。泣きバナナがお茶を飲んだり、離乳食を食べたり、大きな声で叫んだり、物をつかんで投げたりするたびに妻はそれを褒めるのであった。

 幸い、明日はいつもの退社時間くらいには自宅に帰れそうである。帰りの新幹線内で飲むビールを少し減らして妻へのプレゼントを買おうと思う。あのキュートな笑顔にはきっとピンクの花が似合うだろう。

 5月12日は母の日。



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