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メゾン・ド・モナコ 37

「で、でも、花が好きだから花屋に勤めているんでしょ?好きな事を仕事に出来るなんて、羨ましいです。私は…出来なかったので」

純粋にそう思った。好きだから、というだけでその仕事につくのは難しい。どんな仕事であれ、タイミングや条件、人間関係など、才能の有無に限らず、したい仕事が出来ない人だっているだろう。
なずなは諦めてしまったので、余計そう感じるのかもしれない。音楽が好きなら、音楽に関わる仕事を探せば良かったかもしれない、でもなずなは、バンドに夢を見ていた、“かめれおん”のメンバーと夢を見ていた。バンドが解散した今、なずなの夢は、もう叶う事はない。
ギンジはなずなの横顔に視線を向けたが、それはすぐに足元の土へと戻ってしまった。

「…あやかしの世に居る頃は、俺もそうだった」
「え?」
「妖狼の俺が、花を弄ってるなんて笑えるだろ」
「そんな事は…」

言い淀むなずなに、ギンジは自嘲した。

「周りの奴らは、そう見るんだよ。だから、あいつらが望む俺らしく、花も木もわざと傷めつけてやった。でも人間は、俺の事を知らない。人の世に居る間は、妖狼である事を忘れてもいい。人の姿になったって、見た目は怖がられるが、それでも人間は寛容だった」
「今の勤め先の人ですか?」

ギンジはようやく表情を緩めた。穏やかなギンジの雰囲気に、なずなは暫し惚けてしまった。普段怖い顔ばかり見ているせいか、こんなに優しい表情が出来るのかと、新鮮な思いだった。

「あぁ。花も木も土いじりも、あの人達は笑わなかった。人の世では、好きな物を好きでいて良いんだって、思わせてくれた。…だから、お前が庭をキレイにしてくれんのは良かったと思ってる。なかなか出来なかったから、助かった」

その素直な言葉に、なずなは一瞬耳を疑った。だが、すぐに思い直す。疑っては勿体無い。今の言葉を取り消される前に、胸の内へしまわなければ。だって、あのギンジが。人を見れば睨みつけるばかりのギンジが…。そんな風に感動していれば、頬も勝手に緩むというもの。

「にやけんな気色悪い」
「それは無理ですよ、ふふ」

ギンジはあからさまに溜め息を吐いたが、なずなの頬の緩みは止まらなかった。まるで嘘みたいだ、あんなに自分を敵視していたギンジが、感謝の言葉をくれるなんて。
そんななずなの様子を横目に見つつも、それでもギンジはなずなを突き返す事はなかった。今は一緒に居て、居心地の良い空気が流れている。

「…その内、造園とかもやってみてぇんだよな」

ぽつりと溢した言葉に、なずなはパッと瞳を輝かせた。

「かっこいいですね、それ!職人って感じで!」
「似合うだろ、そっちの方が」
「…あ、はは」
「俺達は寿命が長いからな、勉強する時間はたっぷりあるし、この庭も勿体ないしな…」
「そうですね、もっとキレイに出来たら、お化けアパートとは言われないかもしれませんね」

と、そこで疑問が沸いた。

「…あの、妖の寿命って、どの位なんですか?」
「種族にもよるし、個人差はあるが…千年をゆうに越える妖もいる」
「え、」
「見た目通りの年齢じゃない事は確かだ。お前より、ハクの方が明らかに年上だぞ。もっと尊べ」
「そ、そうなんですか!?」

なずながおばあちゃんになるのと、ハクの見た目が成人になるのとではどちらが早いだろう。互いの未来の姿を想像し、なずなは青ざめた。

「…まぁ、でも、親身になってくれて助かった。あいつも嬉しそうだしな」

あいつとは、ハクの事だろう。口には出さないが、ギンジもハクの事を心配していたようだ。
なずなはギンジの言葉に、再び胸が温かくなった。
ギンジとは、一歩と言わず、二歩も三歩も歩み寄れた気がする。
隠しきれない嬉しさが再び溢れ出すと、なずなは再び「気色悪いんだよ!」と、ギンジに怒鳴られたが、もう怖くなかった。

誰かに受け入れて貰えるというのは、とても嬉しい事だ。不必要だと言われた自分でも、ここに居ていいよと、手を差し伸べてくれているようで。


「おやおや賑やかだねぇ」

リビングからベランダに出た春風はるかぜは、賑やかな二人の声を聞き、目を細め空を見上げた。
笑い声一つで、アパートの空気も明るくなる。

まるで、あの頃のようだと、心地好い風に目を閉じた。



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