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メゾン・ド・モナコ 60


だが、そんな二人を、碧の国の妖達はよく思わなかった。元々が、よその国の妖との交流に積極的ではない国だ、国を出る者もほとんどいない。それにテラは、碧の国の中でも由緒ある家のお嬢様だった。
テラは、碧の国の英雄の血を引いていた。人魚と半魚人の争いを治め、現在の碧の国を創ったともされる妖だ。その為、テラの家では、必ず自分が人魚なら伴侶に半魚人の妖を選ぶというしきたりがあり、テラはよくお見合いをさせられていた。

なので、テラがフウカと心を通わせているなんて、親族にとっては言語道断だった。テラの結婚とは、最早国民にとっての希望や願いでもある、碧の国の平和への願いが、人魚であるテラが半魚人の伴侶を選ぶ事に繋がっていた。

その為、テラは家から何度も注意を受けたが、それでもフウカと会う事を止めなかった。
家のしきたりにはうんざりしていたし、何よりフウカへの思いはテラの心を占めていた。

それに痺れを切らしたテラの両親は、以前からテラに思いを寄せていたシュガとの縁談を受け入れた。
シュガの家は、富も名誉もある、テラが共に生きる上で苦労はなく、また国民からも納得を得られる家だった。今まではテラが反対していたから、なくなく縁談を断り続けていたという。

しかし、シュガと婚約関係になっても、テラはフウカに別れを切り出せなかったようだった。好きな相手がいるのに、勝手に婚約を決められたのだ。この頃、テラはよくフウカに国外に出る方法を相談していた。今思い返せば、テラはフウカと生きる道を模索していたのだろうと、フウカは言う。

だが、テラの思いが通る筈もなく、親族達は、フウカを悪者に仕立てる事にしたようだった。
テラはフウカに騙されているのだと、フウカはテラの高貴な血を狙う悪い妖だと、その話を碧の国民に広めていった。
いつまでもテラを諦めないフウカを、国から追い出そうとしたのだ。
その裏には、シュガの意向もあっただろう。

フウカは、碧の国の事も、テラの家の事も何も知らなかった。テラと会えない時間は、近くの水の国で過ごし、テラと共に人の世へ行く夢も語り合っていた。テラとの未来に夢ばかり見て、テラの抱えるものに気づけなかった。


だから、いつもの小島でテラと過ごす中、周囲を人魚や半魚人に包囲された時は、フウカは何が起きているのか分からなかった。テラもこの事は知らされておらず、ただ、皆が二人の仲を引き裂きに来た事だけはすぐに分かったようだった。

「逃げて!」
「どうして、」
「私が盾になる、早く!」
「だから、どうして、」

そんな問答を繰り返している内、フウカの足元に水の矢が破裂した。驚いてそちらを見ると、そこにはシュガがいた。

「テラは俺の婚約者だ!よそ者が触れていい相手ではない!」

その一言に、フウカは一瞬頭が真っ白になった。

「…婚約者?」
「違うの、勝手に」

「よそ者は早く国から出て行け!」

再び飛んでくる水の矢に、フウカは咄嗟に翼を盾にするが、火の翼は水に焼かれ、翼には爛れたように傷が広がった。思わず呻き声を上げて膝をつけば、テラは咄嗟にを庇うようにフウカの前に出た。

「やめて!傷つけないで!」

まっすぐとシュガを見つめ、テラが叫ぶが、その悲痛な叫びは、シュガの自尊心を傷つけるだけのようだった。

「彼女は洗脳されてる!今すぐに奴から引き剥がすんだ!」

そのシュガの言葉に、躊躇いを見せていた皆は再び勢いを取り戻したようで、テラとフウカを離させようと、矢をつがえた。

「なんで、」
「大丈夫だよ、テラ」

痛みに耐えながら、それでもテラを安心させようと、微笑みを浮かべるフウカに、テラは泣きそうに表情を歪めた。

「頭ごなしに、酷いじゃない。私は、間違った事をしてる?ただ、好きな妖と居たいだけなのに」

テラは振り返って、皆を見渡した。その視線がシュガに止まる。

「私は、フウカを傷つけたあなたを許さない!こんな事して、私が帰ると思うの!?」
「うるさい!お前は俺のものだろうが!」

やれ、との合図に、水の玉やら水の矢がフウカ目掛けて飛んでくる。

「フウカ!」

このままでは、側にいるテラにも当たってしまう、フウカは攻撃を受けていられず、かといってテラの手も離せず彼らに反撃する。火の粉を撒いて、テラを炎でたぎらす翼の内側に招いて。
勢いを増す水の攻撃は四方から振りかかり、フウカも懸命に抵抗を見せていた。後方からも水の矢の気配がして、フウカはそれを燃える腕で凪払った。
そして、目の前の光景に、心臓が止まったかと思った。
そこには、テラがいた。恐らくフウカを守ろうと飛び出したのだろう、だが、彼女が受けたのは水の矢ではなく、フウカの炎だった。

炎はがテラにふりかかり、彼女の美しい顔から左肩にかけてを燃やしてしまった。

「テラ!」

倒れるテラを抱き留めようとするが、燃える腕では彼女の体に触れる事も出来ない。フウカは彼女の体の上で手を払い、どうにか彼女が纏う炎を消させたが、透き通るように美しいテラの肌に、爛れた火傷の痕を残してしまった。

「…テラ、」
「よくも、テラを!」

その声に、フウカははっとして顔を起こす。飛んでくる水の刃に炎の翼は撃ち抜かれ、怒りに満ちたその視線の塊に、攻撃の勢いを強めた人魚達に追いやられ、フウカはその場を飛び立つしか出来なかった。


それ以来、フウカは彼女と会っていない。あれは事故だった、それでもフウカはテラに合わせる顔がなかった。彼女の思いに気づけなかったどころか、大切な彼女を傷つけてしまった、そんな自分が許せず、自分の炎が恐ろしく、もうこんな事を二度と起こさないよう、戒めのようにグローブを身につけるようになったという。


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