メゾン・ド・モナコ 61
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「…僕に、シュガを責める資格はないんです」
フウカの言葉を鼻で笑うシュガに、ギンジはシュガの腕を強く捻り上げた。
「っ、俺は何もしていない!」
「お前は少しは反省しろ!お前のやった事が許されるわけじゃねぇんだぞ!」
「そもそも、なんでこんな事したんだ?お前は、念願の彼女を手に入れたんだろ?」
ナツメは忌々しげにシュガに問う、シュガはふいっと視線を逸らした。
「いつも彼女は泣いてるのに、誰のせいとも言わないからだ。テラに酷い傷を負わせたっていうのに、こいつは人の世に逃げたんだ!」
「だから罰を受けさせようとして、あんな騒動起こして罪を擦り付けようとしたのかい?さすがにそれは間違ってるよ」
「間違ってても、俺の気持ちが収まらない!」
春風の言葉に、シュガは苦しそうにわめき散らす。
「クソ!なんでこんな奴がいいんだ!こんな奴の事ずっと庇って、こんな奴…!側に居るのは俺なのに…!」
奥歯を噛み締めるシュガの姿に、なずなは、ただシュガは、テラの事が好きなだけなのだと感じた。
好きで好きで、この人しかいないのに、彼女はいつも別の人の事を思っていると。シュガはそう思っているのだろうか。
だけど、テラがフウカをまだ好きだとしても、シュガが恋した人を守ろうとしているだけだとしても、シュガのしている事はただの八つ当たりにしか思えない。何故その気持ちを彼女への思いやりへと、優しさへと変換出来ないのか。
これだけ悔やんで、未だ傷を負っているフウカがいるのに。そう思えば、なずなの中にだんだんと怒りが沸いてきた。
なずなは衝動のまま、シュガの前に歩み出た。
「あなたにフウカさんの気持ちなんて分かりませんよ!」
「…は?何だよ人間の分際で知った口を叩くな!」
怒声を浴びて怯みそうになるが、なずなは引き下がらなかった。後ろには、フウカがいる。
「フウカさんが今まで、テラさんの事でどれだけ悩んだと思ってるんですか!?聞いたら、テラさんを傷つけてしまったのだって、彼女を守ろうとしたからじゃないですか!他の人から見たらどうか分かりませんけど、私はずっと思い悩んでるフウカさんを見てきました!あなたがテラさんの事を思うのと同じくらい、フウカさんだって傷ついて悩んでるんです!愛した人とずっと会えないまま、謝罪したくても出来ないまま、償いたくても償えないから、だから、もう力を使わないようにってグローブをして。人の世に来たのだって逃げる為じゃない、きっと、戒めの為です。妖にも人にも距離を取って、そうじゃないとダメだって決めつけたのは、自分にせめてもの罰を与えてたんじゃないですか」
言いながら、なずなは悔しいのか悲しいのか分からず、ただ涙が溢れてきた。
「それをどうして、こんな、陥れようとか考えるんですか、もう十分苦しんでるのに、あなたは、テラさんの事をちゃんと考えてるんですか、婚約者がこんな事して、彼女はどう思うと思いますか、あなたが彼女を傷つけてどうするんですか!」
彼女、という言葉に、シュガははっとして顔を上げた。
「…俺は、」
そのまま瞳を揺らし、シュガは言葉を失くした。フウカは肩を震わすなずな歩み寄り、その肩に手を添えた。
「なずなさん、もう大丈夫です」
眉を下げて微笑み、ありがとうとフウカが言う。なずなは、ぐい、と目元を拭った。マリンがなずなに寄り添うと、フウカはシュガの前に出た。
「僕は、もう彼女の隣に立つ資格はありません。彼女を守れなかった事、傷つけてしまった事は事実です。婚約者が出来た事だって、彼女がどんな思いでいたのかだって、気づけたはずなのに…。出来なかった時点で、僕にはきっと資格はなかった。それでも立ち向かう気持ちがあれば違ったかもしれませんが…僕には自信がなく、彼女を置き去りにした。彼女は優しい妖だから、僕の弱さを知って、何も言わないんだと思います。
僕にはもう何も出来ませんが、でもあなたは、僕が出来なかった事が、出来ます。彼女の側にいてあげて下さい。彼女はきっと、あなたを思ってます、そうでなきゃ婚約なんて破棄してる筈ですから」
苦そうに顔を歪めたシュガに、フウカは頭を下げた。
「ごめんなさい、あなた達を沢山傷つけて」
「…アンタが謝るなよ」
それからシュガも、頭を下げた。
「悪かった、アンタを陥れようとして火の玉を使った騒動を起こしたのは、俺だ…すまない」
***
それから、罪を認めたシュガは、ミオとナオに連れられ、妖の世に戻る事となった。
最後にシュガは、フウカとテラが会う機会を作ってくれると言った。
人の世で騒ぎを起こしたので罪に問われるだろうが、人の世での騒ぎは沈静化し、本人も反省している、犯人扱いされていたフウカ達も弁護に出れば、その罪も少しは軽くなるかもしれない。
去って行くシュガを見送るフウカは、グローブに視線を落とした。なずなが声を掛けると、そっと口元に笑みを乗せた。
「このグローブは、僕の戒めには変わりありません、僕はこれからも人の世で生きていくので、妖の力は必要ありませんから」
そう眉を下げて笑むフウカは、まだ自分を許せないのだろうと、なずなは思った。テラと会い、少しでも心が軽くなればいいけれど。
そう思いながら、もしフウカが帰って来なかったらどうしようと、自分の心配をしている事に気づき、なずなはフウカの顔を見る事が出来なかった。