メゾン・ド・モナコ 39
そして、あっという間にアパートの住人が集まり、お茶会が始まった。
せっかくなら庭に出ようという事になり、まるでピクニックだ。レジャーシートと、足りない分は使っていないシーツを敷いた。フウカがいれてくれたコーヒーをお供に、皆はそこでサンドイッチを頬張った。評判通り絶品だったのが、店長特製のたまごサンドだった。ふわっとしたパンに、舌触り滑らかなふわとろたまご、しつこくなく、いくらでも食べれてしまいそうな味わい深さだった。
皆でお喋りしながら食事を終えると、なずなとフウカは倉庫の整理に取りかかった。春風はすっかりやる気を失い、シートの上で昼寝をしている。マリンも優雅に食後のコーヒーを口にしながら、やって来た近所の野良猫をあやしている、もしかしたらナツメの猫友かもしれない。
こんな風にアパートで賑やかに過ごす事は珍しい。皆が集い、それも生け垣で囲われているとはいえ、人目のある庭で。
だからきっと、ハクの心も軽やかだったのだろう。シーツの上で寝転ぶ春風の真似をしながら、ハクも楽しそうに本を読んでいる。
皆の様子を微笑ましく思いながら、なずなが倉庫の整理をしていれば、本を読んでいた筈のハクが、慌てた様子で駆けてきた。
「なずなっ」
「どうしたの?」
「あの子が来てるんだ、僕、…お礼言ってみる」
ぎゅっと拳を握るハクに、なずなも嬉しくなり、うん、と頷いた。
「よし、やってみよう!」
二人で気合いを入れ、アパートの入り口に向かう。敷地から外に出てみると、生け垣の隙間から中の様子を窺う、あの少年がいた。なずなとハクが彼の元に向かうと、少年はこちらに気づき、びくりと肩を震わせた。
「あ、ごめんね驚かせちゃって、ちょっとお話させてもらってもいいかな?」
「…話?」
どこか怯えた様子の少年に頷き、なずなはしゃがんでハクの背を支えた。
「ハク君、言える?」
ハクは頷き、ハンカチを前に差し出した。いつでも渡せるよう、常に持ち歩いていたのだ。
「あ、それ!」
「ここで、…白い狸を、助けてくれたのは、あなた、ですか…?」
しどろもどろになりながら、ハクが懸命に言うと、少年は表情を緩めた。その様子に、ハクを助けてくれたのは、きっとこの少年で間違いないだろう、そう、なずなはほっとしていたのだが。
「あれ、やっぱりタヌキだったんだね!あの子、」
少年がハクに一歩近づいた時だ。
「あー!純太、逃げろ!そいつヤベー奴だぞ!」
どこからともなく声がして、少年はなずな達の背後に目を向けた。つられて振り返ると、純太と呼ばれた少年、彼といつも一緒にいる友人の二人がこちらに駆けてくる。それから、彼らは純太を守るように立ち塞がった。きっと皆、友達思いなのだろう、それは素晴らしい事だが、ハクの事を思えば、なずなは胸が痛んだ。
ハクの事を何も知らないのに、勝手に決めつけないでほしい。
「私達はヤバくないよ、ただ話を、」
「知ってんだぞ、オレ!ここはお化け屋敷だ!」
「確かに見た目は古い建物だけど、」
「見ろよ!子供なのに白い髪っておかしいだろ!」
「そんなの、」
ぎゅ、としがみつく温もりを感じ、なずなはハッとしてハクに目を向ける。ハクは顔を上げようとせず、傷ついた様子でなずなの背中に隠れた。
「それだけじゃねぇよ!女がドロドロになって、でっかい狼がいた!ここは本物のお化け屋敷なんだ!こいつに近寄ったら、お前もお化けにされるぞ!」
逃げろ逃げろ、と言いたい放題言って、少年達は去ってしまった。
「な、なに、アレ…」
というか、全部ばれてる。いや、子供の言うことだ、きっと大人達から色々な噂を聞いて想像力を膨らませてしまった可能性もあるだろう。
…そうだと、思いたい。
いや、自分が惑っていてはいけないと、なずなはハクに向き直った。
「ハク君、気にしなくていいよ、ああいうのは口からでまかせ言ってるだけだから」
だが、ハクは顔を上げる事なく、アパートに走って行ってしまった。
「ハク君!」
「こんにちは、なずなさん」
声を掛けられ振り返ると、そこにはミオが居た。
「ミオさん、」
「ナオが来てるでしょ?世話を掛けてごめんね…どうかした?」
「…いえ、ハク君の髪の事、というか…子供達が」
ハクを思えばその先が言葉にならず、なずなは心配そうにメゾン・ド・モナコを見上げた。