見出し画像

同級生

私も同罪だ。

橙を、疎に透かした森に救われた気がしているだけで、現状、何も変わりやしない。
このひび割れた本革の財布に有るはたった百円一枚で、昨晩届いた一通の手紙にさえ、私は返事をするのが億劫で、寝巻きのままにここに訪れたくらいである。
天を見上げればそこには、幼い頃初めて見た万華鏡にも勝る、色鮮やかな景色が、もっと遠くの風に動かされ、時を経る毎に顔色を変えていた。
次第に藍に染まるそれを、私はただ、一本の老木の側から見つめる。
お前の首の輪に、私が手を入れてやる事が出来たのなら、幾分この世界は変わっていた事だろうか。
お前が、私に吐いた言葉が全て偽りと化した今、私はお前の、ただ一つの真実の為にここに立って、お前の後をつけていこうとしているのだ。
それは愚かだ。全く美徳の一つにさえならない。
しかしお前が、最期に私に吐いた言葉は、それ程までに唯一に光り、ここまで私の堕落に満ちた生命を生かしてしまったのだ。

揺れている。

縄の円の先に見えた街の景色が、今やどこか懐かしくさえ思える。こんなにも私達を苦しめていた光は、恐しく綺麗で、小さいものであったのかと、私はこうして足を投げ出す前に、気付いてしまった。

震えている。

お前の生命がここに完遂される時、お前は何を見た。
この恐しくも儚い景色か、はたまたそこに寄生した、惨めな己の呪いか。

泣いている。

別にお前の後ろを追うわけではない。
私も少し、この死の先に存在するやもしれぬ宗教的な幻想というものに、惹かれただけだ。文学に勤しむには、生命が代償とされるのはとうに知り得ていた事なのだから、なに、哀しい訳は無い。

啼く森の中。
灰に照らされた枯葉に、私の影が揺れる。
忙しない街並みの明かりに、私とお前の顔だけが、ただあの放課後に、生きていた。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集