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ラブソングを聴く理由:03


絶対欲を出したら、だめなんだよ。

思えば、自分は男の子に対して0.1秒でシャッターを下ろす癖に、私の恋愛にはやけに厳しかった親友の忠告は正しかったのだと思う。

欲ばかりが渦巻く恋に、欲を出してはいけない。

彼女がいる、という事実は予想以上に私に重くのしかかり、それがまた私の欲望を大きくしてしまう。


「夜ご飯、行こうよ」

そんな時だった。

うだるように暑い、夏の夜。願ってもない、好きな相手に食事に誘われた。

なんてことはない、バイト終わりのおつかれ飯。私の気持ちさえ抜きにすれば、同い年の、同じバイト先の2人が、帰りにご飯を食べることなどなんらおかしくはなかったし、なんら騒ぎ立てることではない。私の気持ちさえ、抜きにすれば。

「ああ、うん、暇だし、いいよ。」

精一杯捻り出した声で出来るだけ普通の返事を装い、トイレに駆け込んで、まつ毛をビューラーで思いっきり上げた。


この日、駅近くの居酒屋に心躍りながら向かう私を、今だったらきちんと止められるだろうか。


「なんか最近、可愛いよね」

女の子に対して、当たり前にそういう褒め言葉を繰り出す人だった。

髪の毛を切ったり染めたり、メイクの感じが違うとか、女の子が気付いて欲しいことに敏感で、臆せず褒める。ちゃらいね、なんて笑われながらも、褒めることで幸せな空間を作る。

そういうことが、上手な人だった。

それでも、自分が言われることに慣れない私は、焼き鳥を喉に詰まらせ、むせながら笑うので精一杯。

ああ、好きだな。

初めての2人きり、私しか話し相手がいない状況。

彼が動くたびに香る、ジョーマローンの香水の匂い。

当たり前のように見つめられて、改めて実感する。

たまにこちらを見るときに、片目が大きくなるところとか、私のことをバイト先の人はみんなあだ名で呼ぶのに、彼だけは名前で呼ぶところとか、今時珍しく目を見て話してくるところとか、もう沸騰しそうなほど、好きだ。


この時間が止まればいいのに。

少し酔いが回って気持ちも大きくなって。

少女漫画ではバカにしていた歯が浮くような台詞を、うっかり声に出してしまいそうになる。

一度意識してしまえば、2人用の小さいテーブルに、所在なさげに並んだグラスが近付いて、グラスを持つお互いの手が触れそうで触れないことも、もどかしくてたまらない。

そんな距離感に、どきどきしていたときだった。


「ブーッブーッ」

彼の携帯が鳴る。

「ああごめん、彼女だ」

そう言って、耳に電話を当てる彼を見て、苦しくなった自分に気付いてしまった。

楽しい時間はおしまい。

そう、言われた気分だった。



欲を出したら、だめなんだよ。



心配そうに、まっすぐに私を見た親友の姿が浮かんで、本当は飲めないハイボールと共にその姿をどうにか喉に流し込んだ。




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次に続く

全6回説があります、、




音楽活動の足しになります、執筆活動の気合いになります、よかったら…!